トクントクンと走る心臓の鼓動を抑えて、朝陽が自室のドアを開けた。
「う……やっぱり、もう一度……」
ようやく決心したのも束の間。廊下を目にした途端、急に不安に襲われる。
数秒前まで目に焼き付けていた姿を忘れて、自室の鏡の前へと戻っていった。
「おかしくない……かな？」
不安そうに声を漏らして見つめるのは、眉根を下げた朝陽自身の顔ではなく、この日のコーディネートの方だ。
襟にファーが付いたベージュのダッフルコート。そこから覗かせた赤チェックのズボン。いつも以上に丁寧に結った三つ編みと、頭の上に乗せられたベレー帽。
いずれも可愛らしい容姿の朝陽にはよく似合っている。それでも本人は不安らしく、もう何度も鏡の前に立っては身だしなみを確認していた。
「早くしないと……でも、変な格好してたらどうしよう……」
ただの外出であれば、こんなにも悩んだりしないだろう。ただの外出ではないからこそ、朝陽もいつも以上に服装に気を配っているのだ。
今日は特別な日――恋人とのデートの日だった。
「うー……玄関でラビさんを待たせてしまってる。でも、だけど……オレの服装がおかしかったら、ラビさんが恥かいちゃうし……」
ファーの位置やら帽子のズレやら細かく修正しながら、いつまで経っても納得がいかない様子。焦りから表情を困らせていては、どんなにオシャレな格好をしようと見栄えはしないだろうに――そんなことにも気が付かないくらい頭を悩ませていた。
「ちゃおやーん！ 支度は出来たかい？」
「あっ……は、はい！」
一階から飛んできたラビの声。反射的に返事をすると、朝陽も悩むのを止めて部屋を飛び出していった。
催促をしたり、準備に手間取る朝陽を非難するような意図がラビにあった訳ではない。声のトーンから、朝陽にもそれは分かっている。
けれども、これ以上待たせるのは朝陽の方が心苦しかった。
「お、お待たせしました、ラビさん。すみません、オレ……遅くなっちゃって」
速足で下りていった階段の下、ラビはそこで待っていた。いつものように思いやりに満ちた微笑みを湛えながら。
「いいんだよ。それだけオレのことを考えながら支度してくれてたんだろう？」
その笑顔に見つめられることで、朝陽も気持ちが楽になった。
同い年でありながら、ラビはいつでも朝陽には無い余裕を持っている。年上の男性を相手にするような安心感がラビにはあった。
「それで、あの……オレの格好、おかしくないですか？」
階段を下り切ってラビと向き合いながら、おずおずと尋ねてみる。結局、自分では納得いかないまま部屋を出てきてしまった。
優しいラビのことだから、頭ごなしに否定したりはしないだろう。それでも、困った顔をして「それはちょっと……」と言われる恐れはある。
上から下までジッと見つめてくるラビの視線。その時間が長ければ長いほど、朝陽の心臓も騒々しさを増していく。
どんなコメントがラビの口から飛び出すのやら。緊張で震えるほど身を強張らせている朝陽に、とびきりの破顔が降り注いだ。
「うん……すごくよく似合ってるよ！ こんなに可愛い子が隣を歩いてるんだって、街行く人たちに自慢できるのが楽しみだなぁ」
「そんな……。……よ、よかった……です」
思わず謙遜の言葉が出そうになるくらい手放しで褒められて、肩の荷が一気に下りていった。
ラビに太鼓判を押してもらえたことで服装の不安は消えた。その代わりに現れたのは、くすぐったくなるほどの恥ずかしさ。真っ赤になった顔を見られまいと俯いてしまう。
いつもの調子を見せる朝陽に、ラビが「やれやれ」と溜息をつく。それでも付き合い始めてからは、朝陽のそんな仕種さえも愛しく思えていた。
朝陽が縮こまっている隙に、ラビが朝陽の頭のベレー帽を僅かに傾かせる。その方が、より朝陽の魅力が引き立って見えると思いながら。
それから、帽子から覗かせた前髪を整える。紫がかったチェリーピンクの髪は滑らかで、ラビの指先に心地良さを与えてくる。
俯いたまま、自らの世話を焼いてくれるラビを朝陽がそっと盗み見る。長い銀髪は、室内のライトに照らされて白く輝いている。そして驚かされるのは、朝陽よりずっと薄着の恰好をしているところ。
日頃から鍛えているためか、それとも寒さの厳しいロシア出身であるためか。いずれにせよ朝陽は、自分には無いラビのたくましさに胸を鳴らしていた。
羨ましいという思い半分。純粋に素敵だと思う気持ち半分。
（ラビさんみたいに背が高くって、スタイルが良くて……綺麗な顔立ちの人なら、きっとどんな服でも似合うんだろうなぁ）
そんなラビと一緒に歩いて、果たして自分は釣り合いが取れるのだろうか。
服装はラビが似合うと言ってくれた。帽子の被り方もラビが直してくれた。朝陽が問題としているのは、その服を着る朝陽自身のことだ。
（オレ……ラビさんみたいに、背が高い訳でもない。鍛えてる訳でもないから……男として、ときどき不安になる）
目を伏せながら、心の内側までも沈ませてしまう。そんな朝陽の機微を察したのか、ラビが肩をポンと叩いて顔を上げるよう促す。
どうやらラビの身だしなみチェックも終わったようだ。
「うん、似合う似合う。可愛いよ、朝陽」
「あ、ありがとうござい……ます」
可愛いと褒められるのは有難いが、ラビのように格好良くなりたいと思うのが本心。
それでも嬉しく思ってしまうのは、かけがえのない恋人からの賛辞だからに他ならない。
自分の容姿を表す形容詞は別として、ラビが褒めてくれたという事実に対しては柔らかな笑顔を浮かべられる。
「それじゃあ、行こうか？」
「はい、ラビさ……ひゃっ!?」
ラビを見上げた途端、朝陽は悲鳴を上げて身体を竦ませてしまった。
何事かとラビも慌てて振り返る。玄関のドアは閉じられたままで、その向こうに人がいる気配も無い。
「…………」
朝陽の視線を追って、天井付近を見据えてみる。そこに、朝陽を驚かせた犯人の姿を確かめられた。
「カマキリ、か……大丈夫だよ、朝陽。襲ってきたりしないよ」
ドアの上の壁と天井の丁度間に、緑色のそいつは留まっていた。器用に壁と天井に足を引っかけて、両手のカマを振り上げて二人の人間を威嚇している。
朝陽も実物のカマキリを見るのは、これが初めてという訳ではない。しかし、まさか家の中に入り込んでいるとは予想もせず驚いてしまった。
どう見ても人間を殺傷できる威力があるとは思えない小さなカマを突き付けられて、朝陽はぶるぶると震えながらラビの背中へと回り込む。
もちろんラビの方は、虫一匹相手に臆することはない。背の高さを生かして、ひょいとカマキリの背を掴むと玄関のドアを開けて外へと逃がしてやった。
「よし、もう大丈夫。あいつは遠くへ飛んでいったからね」
「は、はい……ありがとうございます。す、すみませんでした」
虫にまで怯えて身体を竦ませてしまった。そのせいで、またラビに面倒を掛けてしまった。
二重の情けなさから肩を落とす朝陽。少しだけ苦笑いを浮かべたラビが、優しく朝陽の背中を押す。
「ほら、元気を出して。せっかく二人きりのデートなんだから、笑って家を出よう？」
「は……はい！」
真に朝陽を思いやった屈託の無いラビの笑顔。改めて言葉にしてもらった「デート」という響き。
朝陽も気持ちを明るくさせて、ラビと一緒に玄関を後にする。
空気は冷たくとも澄み切った空が美しい秋半ば。二人だけの楽しみが待つ外の世界へと、並んで歩き出していった。
東京メトロの駅を降りて、陽の下へと出る。
華やかで艶やかな都心の街並み。行き交う人々の半数は外国から訪れた人たちという、言わば巨大なＩ♥Ｂの街。
そんな東京の中心地にラビと朝陽は来ていた。彼らと同年代の者たちの姿も多く見かける、この若者文化の発信地に。
「……すごい、人の数ですね」
「そりゃあ日本の首都だし、今日は休日だからね。朝陽、はぐれないようにね」
「あっ、はい……」
街行く人々の多さにキョロキョロしていた朝陽は、ラビから注意を受けて反射的に彼の方へと少し寄る。
日頃から朝陽は、ちょっとしたことでもラビを頼ることが多かった。ラビの方も、それを悪く思ってはいない。
元々が面倒見の良い性格であり、朝陽のことは出会った当初から弟のように可愛がってきた。恋人として結ばれてからは、より一層大切に思えるようになった。
だから朝陽が自分を頼ってくれるのであれば、身体を張ってでも守り抜くつもりでいる。
まして今日は、朝陽にとっては初めて訪れる街を歩くのだ。目の前に広がるのは、いかにも都会といった高層ビルの数々。派手な服とアクセサリーとで着飾った人々。大人しい朝陽とは、ちょっと相容れなさそうな光景だ。
朝陽を安心させるような笑顔を浮かべながら、先に立って街の雑踏へと歩き出すラビ。恋人と手を繋ぎたい気持ちを抑えて、にっこりと微笑んで振り返る。
その微笑みに、朝陽も見知らぬ街への気後れが薄らいだ。どれだけ人混みで溢れていようと、ラビと一緒なら不安は無い。朝陽もラビを信じて、彼と並んで歩いていく。
「ラビさんは、この辺りに詳しいんですか？」
「いや、オレも来るのは初めてだよ。朝陽と一緒に『初めて』を楽しみたいと思ってね」
そんな風に言われると少し照れてしまう。自然と視線はラビから逸れて、自分たちが歩く都心の風景へと目をやる。
街路樹で隔てられた広い車道は、自動車やバイクが絶え間なく走り続けている。カラフルな看板を掲げたオープンカフェが目に入れば、そこの人気メニューが気になり出す。
初めての街というだけでなく、普段から訪れる機会の無い雰囲気とあって、目に映る全てが新鮮だった。
ゆっくりと歩きながら、それらを見渡していく。歩幅を合わせて歩いてくれる恋人の優しさが、胸の奥へと静かに沁み入った。
「あっ、ここの洋服屋、朝陽に似合いそうな服がありそうじゃないか？」
「え？ そ、そうですか……？」
ラビが指差した店を見て、少しだけ戸惑う朝陽。ガラス張りから見えるティーン向けの洋服の数々は、どれもポップで可愛らしい。道行く人を掴まえて尋ねてみれば、誰もが朝陽に似合うと言ってくれるだろう。
ただ一人、朝陽だけが尻込みしていた。
（オレ……あまり目立つのが得意じゃないから、オレには似合わないと思う）
マネキンに着せられているのを眺める分には、可愛い服だと朝陽も思う。けれど、それを自分が着こなせるかどうかは別問題だ。
自分自身にいまいち自信が持てずにいる朝陽には、若者向けの服で着飾った自分の姿というものが想像できなかった。
それでもラビがせっかく提案してくれたのだからと、勇気を出して店へと入ってみる。
店内に流れているのは、有名なカルチャーソングだろうか。ポップな雰囲気に包まれた店とは、非常に良く似合っている。それがまた、場違いではないかという気を朝陽に起こさせる。
そんな風には微塵も思っていないラビは、さっそく目についた服を手に取っては朝陽に合わせ始めた。
「あー、こういうキュウシン柄って朝陽に似合うなぁ。こっちのもこもこしたマフラーと合わせると、よりグッと可愛く見えるし……あっ、このパーカーだと今日被ってる帽子とも似合うね」
まるで着せ替え人形を楽しむかのように、次々と朝陽に似合いそうな服を選んでいく。
モデルもこなすラビだから、服を選ぶ感覚も養われているのだろうか。ファッションに疎い朝陽は、手放しで褒めてくるラビの言葉に照れながら、相槌を打つ事しか出来なかった。
「ほら、朝陽も鏡で見てごらん？」
と促されても、朝陽には上手い感想が出て来ない。
確かにラビが選んでくれた服は、色もデザインも整っていて見栄えがする。かと言って、正直に同意するのも気が引けた。
それはまるで、朝陽が自分自身の容姿を褒めることになるような気がして。ラビが言うほど、自分に魅力があるとは思えない性格のために、朝陽は鏡の前で押し黙ってしまった。
そんな朝陽の肩に後ろから手を置きながら、覗き込んだ鏡に映る瞳にラビが話しかけていく。
「朝陽は自分で選ぶ時って、淡い色合いとか落ち着いた感じのが多いよね。オレは、もっと明るい感じの服も似合うと思うし、そっちの方が朝陽の魅力をもっと引き出せると思うよ」
「そ、そうでしょうか……」
目の前の鏡を見ながら、戸惑う自分の顔と縦に並んだラビの微笑みに返事をする。
ラビがそう言ってくれるのであれば、同意したい気持ちも半分。それでも自信が持てない気弱さ半分。
自信を持って言えるのは、優しく寄り添ってくれるラビの存在が眩しいということだけだった。
「朝陽はどれが気に入った？ 他にも見てみようか？」
「い、いえっ……オレは、今持っている服だけで大丈夫です。あっ、あの……別にラビさんが選んでくれたのが気に入らないって訳じゃ……」
自信の無さから、うっかりラビの提案を否定してしまう。それがラビへの悪意と捉えられないかと、眉根を下げて慌て出す。
朝陽に悪気が無いことなど、ラビは百も承知だ。クスリと笑ってみせながら、朝陽の肩をポンポンと叩いて安心させる。
「ふふっ、分かってるよ。朝陽がそんな子じゃないっていうのはね。でも……もし本当に気に入ってないのなら、素直に言っていいんだよ。その方が、オレは嬉しいな」
「嬉しい……ですか？」
予期せぬラビの言葉に戸惑う朝陽。自分が良かれと思ってした提案を否定されて、なぜ嬉しいと思えるのだろうか。
意図が読めずに、背後に立つラビを揺れる瞳でそっと見上げてみる。
ラビの眼差しは、鏡越しに朝陽をしっかりと見つめて頷いてくれた。
「朝陽が自分の意見を言ってくれるのであれば、どんなことでもオレは嬉しいよ」
にっこりと微笑む顔に嘘は無い。本当に朝陽の全てを受け止めてくれる優しさだけが窺える。
その優しさを、つい頼りたくなってしまう。ラビに甘えて、もう少しの間だけ自分のコーディネートをお願いしたい気持ちが出てくる。
だが、今の状況においては自信の無さの方が上回った。
少しだけ目を伏せて、鏡に映ったラビを盗み見るようにして返事をする。
「あ、ありがとうございます……。でも、本当にオレは大丈夫、です。ラビさんこそ、自分の洋服はいいんですか？」
「オレ？ オレが着るような服は……ははっ、この辺りの店じゃ見つからないかもな」
普段の服の趣味や過去のモデル経験と照らし合わせて、思い浮かんだファッションに苦笑いするラビ。どう考えても、こんなオシャレな街を歩く姿ではなかった。
困ったように笑うラビの顔を見て、朝陽は本当に困った顔をする。自分もラビもこの場所に用が無いと分かって、居心地の悪さが込み上げてきたようだ。
「そ、それじゃ……出ましょうか？ 長居してしまっては、お店の人に迷惑ですし……」
「うーん……そうだね……」
どこか歯切れの悪い返事。鏡越しに見上げたラビの視線は、まだ店内を見渡していた。
これだけたくさんの服があるのだから、一着も買わないのはもったいない。自分好みの服を着た朝陽の姿を見れないのは惜しい。
そう考えながらも自分なりの結論に辿り着くと、朝陽の肩に手を置いたままそっと耳打ちした。
「……そうだね、朝陽の魅力はオレだけが知ってればいいし。朝陽が今より可愛くなって他の奴に目を付けられたら……オレ、嫉妬しちゃいそうだから」
掠れた声で何ということを囁くのだろうか。
湯気が出るくらいに真っ赤になった頬を隠すようにして、朝陽が襟元のファーを持ち上げる。
朝陽にそう仕向けた張本人は、満足げに笑いながら一足先に出口へと向かっていった。
「あはは！ ほら、おいで朝陽。もっと色んなものを見て回ろう」
そうは言われても、朝陽の身はすぐには動けなかった。
ラビの宣言は、いわば朝陽への独占欲。それだけ朝陽を大切に想っているという愛情の深さ。
それを告げられるのは嬉しい反面、直に言われるのは恥ずかし過ぎる。
まして人目のある店の中。何もこんなところで言わなくてもいいのにと、恨めしそうに恋人の笑顔を見つめる。
顔中を真っ赤に染めた朝陽とは正反対に、ラビの表情はとても落ち着いていた。大きな心でもって、朝陽に安らかな視線を送り続けていた。
朝陽への思いやりを湛えたラビの微笑。それに見つめられると、気恥ずかしい気持ちはあるものの不思議と心は和んでいく。
それでも朝陽の足は止まったまま。両手を胸のあたりに置いて、出口付近に立つラビを見つめる。
二人の間にある僅かな距離。ラビも、それをあえて埋めようとはしない。二人の距離を保ったまま、朝陽の方へと手を差し出す。
「……オレは朝陽を置いていきたくなんかないから、ここで待っているよ」
そう……いつだってそうだった。
ロシアから来た恋人は、まだ二人が結ばれる前からそうだった。
中国から来た朝陽と日本で顔を合わせて以来、その大きな手でずっと支え続けてくれていた。
遅れそうになる朝陽を急かすことなく、静かに待っていてくれる。
勇気を持って自分を変えたいと願う朝陽の背中を、優しく押してくれる。
朝陽の歩幅に合わせて、一緒に歩いていこうと言ってくれる。
朝陽もまた、そんなラビと共にあれる自分でいたかった。
「はい……」と消え入りそうな声で返事をして、自分を待つ恋人のところまで近づいていく。
差し出された手を直接取る勇気はまだ無くて、小さな肩をそっとラビの方へと寄せた。
ラビと並んで、彼の隣を歩いていくという意思表示だ。
ラビがそう望んでいるように、朝陽もまたラビに置いていかれたくなどなかった。
朝陽の心が手に取るように分かって、ラビも満足そうに破顔する。
「……ふふっ。それじゃあ、次の場所に行ってみよう。これだけオシャレな店がたくさんある街なんだから、朝陽の気に入る物だってきっと見つかるはずだよ」
「……はい」
遠慮がちにラビを見上げて、朝陽もうっすらと微笑む。
本当は、ラビと街を歩けるだけで満足だった。目に映る色々な物について、ラビと取り留めのない会話を交わすだけで幸せだった。
朝陽がラビとのデートで手に入れたい物は、どんなにオシャレなショップを覗いても見つからない。
ラビと過ごす大切な時間だけを求めて、輝く街角へと再び踏み出していく。
「ふぅ……色々と見て回りましたね」
「そうだね。朝陽、疲れてないかい？」
何ということはないラビの気遣い。それに対して、朝陽はハッとしてしまった。
意識せずに吐いた溜息が、そんなに疲れている印象を抱かせてしまったのだろうかと。
ラビに気を遣わせてしまったというだけでなく、ラビと街を巡ることに気苦労があったと思わせてはいけない。朝陽は慌てて否定した。
「オ、オレはっ……大丈夫、です！ ラビさんこそ退屈じゃなかったですか？ 結局、オレに似合いそうなものばかり探してもらって……」
「いいんだよ。朝陽のための買い物なら、オレも楽しいからね」
優しい微笑みと共に、そう言ってもらえると朝陽も心が安らぐ。遠慮ばかりしてしまったものの、朝陽もラビとのショッピングは楽しいと感じていたからだ。
街中をぶらついてるだけのつもりでも、意外と時間は経つもの。しかし、色々と店を巡った割には荷物は少なかった。
猫柄の扇子と、色違いのお揃いで買ったストラップが二本ずつ。自分が好きな色と相手が好きな色を一本ずつ買って交換していた。
それだけでも満ち足りている朝陽と、まだまだ恋人を満足させてあげたいラビ。すれ違った人が手に持つドリンクカップを青い瞳が捉えると、ふいに妙案が浮かんできた。
「でも、ちょっと喉が渇いちゃったかもなぁー……あっ、そうだ！ この近くに面白いカフェがあるみたいだよ。そこへ行ってみようか？」
「カフェ、ですか？ はい！ オレも行ってみたいです」
一人で過ごす休日は、カフェ巡りをして楽しんでいる朝陽。パッと表情を輝かせてラビを見上げた。
初めての街。普段は訪れない若者の街に、どんなカフェがあるのだろうか。恋人が自分のために調べ、勧めてくれた店ということもあって途端に嬉しくなった。
そんな朝陽の明るい顔を見るだけで、ラビも自然といつも以上に顔が綻ぶ。
「雑誌で見た情報だと、とにかく内装が凝っていてね。メニューも独創的な見た目なんだ。この後も歩くだろうし、ちょっと小腹を満たしておこうか」
声が弾む。物珍しいカフェへの期待など、ラビにとっては些細なこと。恋人を喜ばせ、恋人と一緒に楽しめる時間こそが至福の時だと考えていた。
小走りに移動した先は、街の中でも名高いファッションビルの向かい側。ショッピングを楽しんだ後の休憩所としても利用できるあたり、最高の立地だ。
ラビと朝陽も、ちょうど足を休めて一息つきたいと思っていたところ。きっと、いい休憩になるだろう。そこが、普通のカフェならば。
「う……わぁ」
エレベーターを下りたビルの四階、ラビも朝陽もすぐさま息を飲んでしまった。
入り口でお出迎えしてくれたのは、ピカピカと光る二つの目玉。壁の装飾として模られた巨大なモンスターが、ぎょろりと二人を睨んでくる。
店が醸し出す独特の雰囲気に早くも圧倒されながら、受付で入場料を支払って席を選ぶ。
店内へ入ると、そこは一大アミューズメントパーク。壁も天井もテーブルも椅子も、全てが原色の世界。外装が与えるインパクトなど、ほんの挨拶代わりだった。
扉の向こうの異世界で二人の目にまず飛び込んできたのは、何とも大きなデコレーションケーキ。そいつが、くるくると回転している。ケーキ型のメリーゴーランドだ。
指定した席までスタッフが案内してくれるのだが、その格好も奇抜の一言。まるでＳＦ映画に出てくるようファッションで身を包み、編み込んだウィッグはラビのそれより白銀に光っていた。
巨大なキノコの脇をすり抜けて、通されたボックス席に腰を下ろす。ようやく座れたのに全く落ち着けないのは、どう考えても内装のおかげ。
奇怪なモンスターのオブジェが、天井からぶら下がる哺乳瓶でミルクを飲んでいる。まるでファンタジー世界に放り込まれた感覚に、朝陽は早くもクラクラしていた。
手元のタブレットでラビが注文したドリンクが運ばれてくる。ファンシーな内装に違わず、これも朝陽の想像を超えていた。
一見ごく普通のグラスと一緒に、何故か運ばれてきた原色の液体が入った試験管。そいつの中身をグラスに注げば、ドリンクの色と味が変わる仕組みだ。
続いてやってきた料理も、もちろん尋常の類でなし。皿をパレットに見立てて色とりどりのソースが盛られていたり、七色のパスタが四次元宇宙のごとく渦巻いていたり、毒々しいクリームで彩られたケーキであったりと、まるで子供の落書きだ。
そのどれもが口にしてみれば見た目ほどおかしな味はせず、純粋に美味しいのがまた不思議であった。
「これは……想像以上だな」
「はぁ……す、すみませんラビさん……オレ、ちょっとトイレに……」
気持ちを落ち着かせようと化粧室に立つ朝陽。ところが待ち受けていたのは、全面にキラキラと光るガラス玉。床にも壁にも、透明ガラス越しにカラフルなガラス玉がびっしりと嵌め込まれていた。
それは洗面台も同じで、顔を洗おうと近付いた鏡の前で十秒ほど立ち尽くしてしまう。朝陽には、目眩を起こさないように堪えるのがやっとだった。
余計に疲れて戻ってきたラビの隣。ソファに座りこんだまま、真っ先に口から吐き出されたのは疲れ切った溜息。
ラビも苦笑紛れに「そろそろ出ようか」と勧める。一も二も無く同意した。
帰りは、受付とは別のところから外へと出る構造になっている。色を変化させながら光るクラゲに浸食されたバーを通り抜け、ようやく出口を越えて人間世界へと舞い戻る。
ビルの外に出た途端、ふらふらとしながらも朝陽が胸いっぱいに空気を吸い込んでは吐き出した。
「あはは、目が回っちゃったかな？」
「は……はぃ……。す、すみません……」
深呼吸を繰り返す朝陽の背中をさすりながら、優しく声を掛けるラビ。
せっかくラビが調べて教えてくれた店なのに、不満があるかのような自分の態度に朝陽が声を沈ませる。
「朝陽が謝ることじゃないよ。オレも、まさかあそこまでスゴいとは思わなかったなぁ。……ちょっと刺激が強すぎたよね。ごめんね」
「い、いえ……」
そんなことはない。かなり驚かされはしたが、普段は体験できない世界に朝陽も少なからず楽しんでいるところはあった。
それを上手く表現することが出来ないだけ。カフェというよりは遊園地のような店内は面白かったし、料理もドリンクも美味しいと感じていた。
ただし、疲労自体はかなりある。だが、それも自分が情けないだけ。ラビに謝らせる要因は何も無い。
それさえも口に出来ずに、朝陽はアスファルトへと視線を落とし続けた。
「……やっぱり、賑やかな街は楽しいけど疲れるよなぁ。オレもどちらかと言えば静かな方が好きだし……ほら、あっちの方に森が見えるだろ？ 公園かもしれない。少し休んでいこう」
顔を上げて見れば、確かにビルの向こうに緑が見える。ずいぶんと背の高い木々が密集しているようだ。
こんな都会の真ん中に？ という疑問はあったものの、自然の静寂に包まれるのであれば今度こそ十分な休憩になるだろう。
朝陽に拒む理由は無く、ラビの提案にすぐに乗った。
ゆっくりとした足取りで、森の緑を目指して歩く。横断歩道を渡ったところで、地下への階段と見慣れた青い看板が目に付いた。
「……メトロの看板だ。一駅分、歩いてきたみたいだね。えっと、森は……この向こうかな」
「そう、みたいですね……あっ！」
メトロの階段を横目に歩いていった先、森の入り口に何かを見つけた朝陽が声を上げる。
「朝陽？」
「あっ、すみません……森の入り口に見えるアレ……鳥居、ですね」
朝陽が控え目に指を差す方へと目を向ける。朝陽が見つけたもの、それは神社の入り口を示す木製の大きな鳥居だった。
日本に来て以来、多くの寺や神社を巡ってきた朝陽にとっては馴染み深いものだ。そこがただの森ではなく、自然に囲まれた神社であるとすぐに分かった。
「へぇ……さすが朝陽、詳しいね」
「ど、どうも……」
そっけない返事とは裏腹に、朝陽はうっすらと頬を染めて目を丸くさせる。
ラビが自分のことを感心し褒めてくれた。そんな時、朝陽は決まって同じ表情をする。胸が温かくなるほどの嬉しさを噛み締めているかのような表情を。
朝陽にとってラビは、眩しいくらいに憧れの存在。理想的な男性像だからこそ、そんなラビに胸を張れることが一つでもあるのが嬉しかった。
「それなら、ここからは朝陽に案内をお願いしようかな。オレは神社のことは詳しくないから、朝陽に色々と教えてもらいたいよ」
「は、はい！ と言っても、オレも初めて参拝する神社なので……と、とりあえず境内に入りましょう」
神域である神社の参拝の作法も、朝陽にとっては心得たもの。それでも人に教えるとなると、少し委縮してしまう。自分の記憶に間違いが無いかと、頭の中でリハーサルをしてから臨む。
まずは鳥居の前に立ち、一礼をする。鳥居は人間が住む俗世と神様が住む神域とを隔てるものだから、こうして人間が神域に立ち入る許可をもらうのだ。
朝陽に倣って、ラビも慣れない様子で頭を下げる。いざ実践してみると、何か気持ちが改まったような気がする。朝陽も心が静まるのを感じ、いくらか緊張が和らいでいた。
これなら上手くラビを案内し、自分もいつものように楽しめるだろう。
そんな予感さえ一瞬で飲み込んでしまうほどの壮観が、二人を待ち受けていた。
「わぁー……すごい広さだね」
「はい……それに、本当に深い森の中にあって……神秘的って、こういう空間のことを言うんですね」
二人が歩いてきた都会の街並みから、それほど離れている訳ではない。それなのに神社の境内は、ここが都心であることを忘れてしまいそうなほど厳かな静寂に包まれていた。
その森厳な静けさと、高層ビルにも劣らぬ高さの木々が周囲を取り巻く絶景に、二人は口を大きく開けて立ち尽くしてしまった。
「日本の神社って、どこもこんな感じなの？」
ラビの質問に、目を見開いたまま首を横に振る朝陽。これまで多くの寺社を訪れてきたが、こんなにも圧巻の大社は初めてだった。
神社に疎いラビに色々と説明を出来ればと思っていたのに、ラビからまた褒められたいと思っていたのに、当の朝陽が神社の壮大さに飲まれてしまっていた。
ラビの頭よりも遥かに高い位置にそびえる樹木を見上げて、神聖な空気に誘われるまま足を運んでいく。
敷地内はかなりの広さだが、参拝客の姿も多い。空ばかりを見つめていた朝陽は、ふいに他の人にぶつかりそうになるところだった。
「わっ！ ……あ、す、すみませんっ……」
肩がぶつかる直前で飛び退いて、自分の不注意を詫びる。相手も特に気にした様子は無く、境内の奥へと去っていった。
ホッと息をついて、無意識の内に右手を伸ばす。その手が宙を泳いだ時、朝陽は自分の隣からラビの気配が消えていたことに気が付いた。
「え……えっ？ ラビさ……」
いつものようにラビの服を掴もうとした手は行き場を失くし、朝陽の全身に冷や汗が流れ出す。
広大な神社の敷地内。鬱蒼とした森の中。周囲に多数の参拝客の姿はあれど、そのいずれもが見知らぬ人々。
そんな状況で朝陽は、ラビとはぐれて一人ぼっちになってしまっていた。
「あ……うぅ……」
慌てて左右を見渡すが、ラビの姿はどこにも無い。自分が置かれている状況に理解が追い付かず、ぐらつく視界に混乱は増していく。
ついさっきまで恋人とデートをしていたはずなのに、どうして今、自分は孤独になっているのだろうか。心細さから寒気に襲われ、涙まで込み上げてくる。
ラビが自分を置いていくなど考えられない。立派な森と境内に圧倒されて、ふらふらとラビから離れていったのは自分の方に違いない。
広い境内とはいえ、そんなに遠い距離を離れてはいないはず。自己を責めるのは後にして、涙を堪えてもう一度辺りを窺ってみる。
手を繋いで歩く日本人のカップル、日課の散歩に来ているようなお年寄り、カメラを提げた観光客と思しき欧米人、それらの間を縫って駆け寄ってくる影を朝陽が見間違えるはずがなかった。
「朝陽っ！」
「ラ……」
長い髪を振り回して、ラビが必死に朝陽の名前を呼びながら走ってくる。朝陽もラビの名前を呼び返そうとするが、息が詰まって言葉が出てこない。
我慢していた涙が堪らず零れ落ちたのは安心した為であろうか、それとも申し訳なさからだろうか。
自分を見つめ涙を流す朝陽を見て、ラビは駆け寄っていた足を寸前で緩めてしまった。ゆっくりと近づき、朝陽の頬を伝うものに手で触れようとして途中で止めてしまう。腫れ物に触れるようにして、そっと語り掛ける。
「ごめん……朝陽を一人にさせてしまって。怖かった、よね」
ラビにとっても朝陽にとっても、日本は親元を離れた異国の地。全く言葉が通じないという訳ではないが、頼れる人間など皆無に近い。そんなところで一人になったら、どれだけ不安で心細いことだろうか。
だが、朝陽の涙の原因はそればかりではない。単に一時、離れ離れになった寂しさだけには留まらない。
「ごめ……なさい、オレ……」
涙で詰まった声で、たどたどしく聞かされたのは謝罪の言葉。どうしてそれを朝陽が口にするのだろうかと、ラビも言葉を失った。
「オレ……一人で、勝手に……いなく、なっちゃって……ラビさんに、迷惑――」
両目を滲ませ、肩を震わせ、鼻をすすりながらラビに謝り続けていく朝陽。その先は言わせないとばかりに、ラビの大きな手が朝陽の頭に乗せられる。
叱られるのではないかと予感した朝陽が、一度だけ身体を大きく震わせる。一瞬後、頭の頂から全身を包み込むような優しさを感じて、脱力したように肩を落とす。
視線まで落とし、新たに零れ出た涙をラビがハンカチでそっと拭う。
「謝らないで……朝陽は、何も悪くないよ。オレが、もっとしっかりしていれば……ちゃんと朝陽のことを見ていれば、こんな風に朝陽を泣かせることもなかったんだ」
宥めるように言い聞かせてくる優しい言葉が、朝陽の胸には痛かった。どれだけラビが慰め、責任は自分にあると言ってくれようとも、朝陽にも自分が悪いという自覚がある。
（もっと、しっかりしなくちゃって思うのに……ラビさんのことを頼るばっかりじゃなく、オレだってラビさんのように振る舞いたい。もっと……堂々としたい。ラビさんが、オレのことを頼れるくらいに。オレだって、ラビさんを甘えさせてあげたい。オレだって……男、なんだから）
デートの日が来るたびに、今度こそはと自分に誓いを立ててきた。その誓いを、何度も裏切り続けてきた。
特に今日は、朝から失敗ばかりしている気がする。自然と気は滅入り、ラビに対する申し訳なさと自分に対する情けなさだけが積もっていく。
涙を拭いてもらった後も、沈んだ気持ちは目元に残ったまま。ラビが本当に拭ってあげたかったのは、その憂い顔だ。
楽しいデートにするはずだったのに、恋人にそんな顔をさせている自分にラビは腹を立てていた。
「……はぐれちゃったのは、朝陽のせいじゃないよ。服屋の時といいカフェの時といい、今日のオレ……さっきからずっと一人で舞い上がって、朝陽を置いてけぼりにしてしまっている」
ハンカチをしまい、指先で涙の跡を撫でる。ゴツゴツとしたラビの手に、朝陽にだけ感じ取れる温もりが宿る。
「朝陽と休日を過ごせるのが楽しみで、朝陽がオレの為に服装を悩んでくれたのが嬉しくて……朝陽を楽しませようって気持ちが先走りしすぎてたんだ。肝心の朝陽の気持ちを考えるのを忘れてしまうくらいにね」
思いやりに溢れたラビからの詫びの言葉。その一つ一つを、朝陽は心の中で否定していた。
そんなことはない。ラビが謝る必要など無い。お互い様だと水に流して、デートの続きを楽しみたい。
浮かんでくる言葉の数々を形にすることが出来ず、朝陽は無言で首を横に振り続けるしかなかった。
自分のことばかり考えるのではなく、ラビのように優しい言葉を掛けられる強い人間になりたいのに。そう願いながらも一歩前に進む勇気が得られず、視線を地面へと落とし続ける。
「……朝陽」
参道の砂利を見つめていた朝陽の視界に、ラビの手が入り込む。白亜のように色白でありながら、それだけで鍛えていると分かる手の平。つい縋りつきたくなる大きな手の平。
服屋の時と同じく差し出された手を取りたくて、しかし躊躇われる。屋外で手を繋ぐという行為への恥じらいだけでなく、散々ラビに迷惑を掛けておいてこれ以上ラビを頼って良いものかという葛藤があった。
「…………」
時間が止まったように、向かい合ったまま立ち尽くす二人。境内の静けさが、心の隙間に冷たく沁み込んでいく。
反応の無い朝陽を前にして、ラビも差し出した手をゆっくりと引っ込めていく。空っぽの手の平をジッと見つめながら、自嘲するように零す。
「朝陽の手を繋いでいれば、もうはぐれる心配も無いと思ったんだけどな……。ごめん、これもオレの独りよがりだったよね」
寂しげな口調が、朝陽の胸にズキリと突き刺さる。
良かれと思って差し伸べてくれたラビの手を無視してしまった。それは、無言の拒否に他ならない。そんなつもりは微塵も無いのに、まるでラビの手を頼るに足らないと言い放つかのように。
無意識の内にラビにしてしまった自らの仕打ちに、朝陽の身が凍える。外気の温度など問題にならないほど、冷え切った心が全身を凍てつかせていた。
そこへ追い討ちを掛ける宣告が、ラビの口から放たれる。
「……どうする？ もう帰ろうか？ これ以上、朝陽に無理をさせても――」
戸惑いながらも、ラビがデートの終了を切り出そうとする。瞬間、朝陽の身体を恐怖が包み込んだ。
それまで感じていたものとは別の恐れ。身を強張らせるのではなく、絶対に阻止しようと思わせてくる恐れ。咄嗟に朝陽は、震える手を伸ばしてラビの服を掴んでいた。
「ちゃお……」
「ラビ、さ……オレっ……」
目も合わせられず、舌も上手く回らない状態。それでも自らの中に芽生えた恐怖に焚き付けられて、必死にラビを繋ぎ止めようとする。
その手を取るにはいかないまでも、ラビの服の裾を決して離さないという意思を示す。
「オレ……もう、離れませんから……。まだ……ラビさんと、一緒に……いたい」
今はまだ、対等でなくてもいい。ラビと並んで歩けるほど強くなくてもいい。ただ、置いていかれたくはなかった。楽しみにしていたデートを途中で切り上げたくはなかった。
口下手な自分だから、全部は伝わらないかもしれない。それでもラビと二人きりで過ごせる時間を大切にしたい気持ちは、痛いほど備えている。
どんなに失敗続きで情けない自分であろうと、恋人と共有できる時間は最後まで保ちたかった。
その必死な想いを、ラビもしっかりと受け取った。
「……うん。オレも、朝陽と二人っきりでいたい。ゆっくりでいいよ……静かな森の中をゆっくりと歩いていれば、気持ちも落ち着くはずさ」
いつでも朝陽に安らぎを与えてくれる優しい笑顔。頼りがいのある大きな存在。
今は釣り合わなくても、手放すことだけは絶対にしたくない。いつか訪れる、隣を堂々と歩ける日のために。
ゆっくりでもいいから、ラビの大きな背中を追いかけていく。朝陽がラビと対等の恋人だと胸を張って言えるようになるまで、ラビは側で見守り続けてくれる。
朝陽も、それを信じていた。
参拝を済ませて神社を後にする。森を抜けて視界が開けると、陽が傾き始めているのに気付いた。帰路に要する時間を考えると、そろそろ帰った方が良さそうか。
二人揃ってそれを口にするのが躊躇われて、何となく街を散策する。それでも足は次第に駅の方へと向かっていき、やはり二人だけの時間を惜しんで遠回りをする。
喧騒からも離れ、穏やかな時が流れる住宅地へと差し掛かろうとする十字路。角に一軒の小さな花屋を見つけた。
「……寄ってみようか？」
「あ……はい」
神社ではぐれて以来、二人とも口数が減っていた。それでも一緒にいたいという気持ちに変わりはなく、少しでもデートの終わりを先延ばしにしたかった。
開け放たれた入り口から花屋の中に入ると、様々な香りが一斉に漂ってくる。その香りの元である花たちを漫然と眺めているだけで癒される気がするのは、植物が持つパワーの為であろうか。
それほど広くもない店内。特に物珍しい花が置いてある訳でもなく、ぐるりと見渡しただけで興味は満たされた。
別段、花を買う用事があった訳ではない。家で待つ仲間への土産として、手頃なものがあれば買って帰るのも悪くないか。
物色する二人の目が、物陰でチラリと動くものを捉える。咄嗟に朝陽はラビの広い背中に隠れ、恐る恐る物陰を窺ってみる。
動いていたのは人影だった。エプロンを身に付けて何か作業をしているところから、ここの店員であることが分かる。
二十代半ばと思しき若い女性。背丈は朝陽と同じくらい。髪の色は、紫がかったチェリーピンクの朝陽よりも更に色素の薄いピンクブロンド。肌の色素も薄く、青白い顔には微かにそばかすが見える。
「……外国の方、でしょうか？」
「うん。オレたちが言うのも変だけどね」
店員の容姿から率直な感想を零した朝陽が、ラビからの指摘を受けて「そうでした……」と縮こまる。
ラビも朝陽も、日本国外から留学してきた身。日本人からすれば、二人とも外国人には違いなかった。
日本での滞在が長くなり周囲が日本人ばかりの生活を送っていると、時々こういうアイデンティティの揺らぎが生じる。
それでもアジア人の朝陽の目に映る店員の顔立ちは、異国の雰囲気を大いに湛えていた。それは寝食を共にする各国の仲間たちの、いずれとも異なる。
色素が薄く線も細い店員の容姿からは儚げな印象を受けるのに、しっかりと大地に根を下ろす力強さが見て取れる。
彼女もまた、祖国を離れて日本で働き生活をしているのだろう。相応の意思の強さが窺えるのも当然か。同じく外国から来ているラビと朝陽には、それがよりはっきりと見えていた。
いつしか花ではなく店員の仕草を注視していると、視線に気が付いたのか彼女の方から目を合わせてきた。
「いらっしゃいませ。何かお探しですか？」
聞こえてきたのは流暢な日本語だ。もう日本に来て長いのだろうか。彼女の言葉を容易く聞き取ったラビが、自然と浮かび上がった笑顔で応じる。
「いえ、可愛らしい花屋だと思ったので、ちょっと寄ってみたんです。とても良い香りに包まれていますね」
初対面が相手でも愛想良く、社交的に接することが出来るラビ。その横顔を盗み見る朝陽の瞳には憧れと羨望、そして少しばかりのヤキモチが浮かんでいた。
店員の方も微笑みを見せて二人の近くへと歩み寄ってくる。
「ありがとうございます。えっと……あなた、留学生ですか？」
ラビと店員のどちらも、容貌は日本人とはかけ離れている。それでも、二人とも日本語を巧みに使いこなしている。
見た目に反して、もしかしたらラビが日本育ちかもしれないという憶測が店員の質問に込められていた。
日本で暮らし始めて以来、この手の質問には何度か出会ってきた。ラビも慣れた様子で、快く答える。
「はい。ロシアから音楽の勉強をしに来ているんです」
「まあ素敵。私も音楽は大好きですよ。……そちらのお客様は？ あなたは日本人？」
ラビの返事に目を細めて応対した後、開いた視線を朝陽に投げかける。
店員の国籍は分からないが、西洋出身であろうとは予想できる。その彼女が日本で東洋人を目にすれば、まず日本人と思うのは当然か。
好奇の眼差しを向けられて反射的に目を逸らしてしまう朝陽だが、律儀な性格から返事をするのは忘れない。
「いえ……オレは、中国出身……です」
「あら、そうなの？ 二人とも日本語が上手ですね。私は五年前にアイルランドから来ました。やっと日本語も通じるようになって、一人でお店も任せられるようになったところです」
アイルランドという国名を聞いても二人ともいまいちピンと来ないのか、短く相槌を打つだけで終わった。
一つ分かったのは、やはりこの女性は未知の国の人だったということ。多国籍グループを名乗るＩ♥Ｂの中にも、アイルランド出身の人間はいない。
アイルランドの人たちは皆、この女性のように透き通った肌とピンクブロンドの髪を持っているのだろうか。ラビと朝陽がそうする以上に、女性の方が朝陽の髪の毛に注目していた。
「……あなたの髪は、まるでヒースみたいですね」
「えっ……何ですか？」
突然話を振られて戸惑う朝陽。自分の髪がどうしたのだろうか。風にあおられてセットが崩れでもしたのかと、触って確かめる。
そんな朝陽の様子をクスクスと笑いながら、女性は言葉を足していく。
「私の国でよく見る花です。あなたの髪の色、まるでヒースみたいな色をしてるから」
「ヒース……」
そんな風に自分の髪を例えられた経験が無い為、口の中で思わず呟く。ラビの視線もベレー帽が乗せられた朝陽の髪の毛に注がれて、まだ見ぬ花の姿形を想像しているようだ。
「見せてあげますね。ここは花屋ですから、アイルランドの花だって置いてありますよ」
そう言って店内の棚へと向かう女性。その中から手に収まるくらいの小さな鉢植えを持って、二人のところへと戻ってきた。
「はい、これがヒース。どう？ あなたの髪と同じ色でしょう？」
女性の手の中で揺れる、小さな花。紫と呼ぶには幼げで、ピンクと呼ぶには儚げな花は、言われてみれば朝陽の髪色に似ている気がする。
自分の前髪を見上げて確認する朝陽。そんな朝陽とヒースの鉢とを見比べながら、ラビも思う。
か細くて頼りなげで、どこか儚くて可愛らしいヒースの花。そんなところも朝陽にそっくりだと密かに考えていた。
「気に入りましたか？ 私の国ではたくさん咲いている花なので、ちょっと詳しいんですよ」
鉢植えを二人に見せながら、店員が説明を始める。
エリカとも呼ばれるヒース。綴りは荒れ地を指すＨｅａｔｈと同じで、実りの少ないアイルランドの荒れ地をシャムロックの緑と共に彩る。
主要な燃料である泥炭の原料でもあり、アイルランド人の生活を支える身近な花だという。
その名の通り荒涼とした土地に咲くためか、花言葉は「孤独」という寂しいフレーズ。そして、荒れ果てた大地に生命があることを教えてくれる「博愛」の花言葉もあるという。
「孤独……」
「博愛……」
それぞれの花言葉を、ラビと朝陽がほぼ同時に呟く。それぞれの言葉を朝陽自身に重ねながら。
「……ロシアのあなたは、白いヒースみたいですね。こっちの鉢もありますよ」
話題がラビの方へと移り、二人の意識も女性の言葉へと移っていく。今見せてもらった朝陽の色とは別に、ラビの色をした花もあるという。
呟くようにして、朝陽が思わず聞き返す。
「ラビさんみたいな……花？」
「そう。真っ白で、見ている人を優しい気持ちにさせる……芯の強い花」
女性の説明は、朝陽が常に描いていたラビのイメージと確かに一致する。それを聞いて、迷うことなく返事をする。
「……見たい。オレ、見てみたいです」
朝陽が、こんなにもハッキリと自分の意思を伝えるのも珍しい。朝陽へと送られるラビの視線は、感心しながらも不思議がっている様子だ。
そんな二人を交互に見た後、女性が奥の棚へと促してくる。
「ふふっ。じゃあ、こちらへどうぞ。……あっ、ロシアの彼は少し待っていてください。これをこの子だと思って、見ていてください」
そう言って手渡されたのは、朝陽の髪の色をしたヒースの鉢。ラビの手には小さすぎるくらいの鉢を受け取ると、店員は朝陽を連れて奥へと移動していった。
二人が何やら会話を交わしているのを遠目に見る。店はあまり広くはないが、小声で話しているのか会話の内容まではラビには聞こえてこない。
少々手持ち無沙汰となり、店員から言われた通り小さな鉢をジッと見つめてみる。その色が自分の手の中にあることに、ラビはそっと微笑んだ。
ラビがヒースを鑑賞している間に、朝陽と店員の会話も終わったようだ。その上、話題に上がった白いヒースの鉢を買って戻ってきた。
「朝陽……。それじゃあ、オレもこっちの鉢をもらおうかな」
「はい。お買い上げありがとうございます」
自分の色だと教わった花を朝陽が買ってくれたのが嬉しくて、ほとんど無意識の内にラビも手にしたヒースを買っていた。
店員の柔らかな笑顔に見送られて、二人は花屋を後にする。
仲間たちへの土産にはならないかもしれないが、二人の間には二人だけに通じる満足感が漂っていた。
芽生えた満足感から、これで今日のデートを終えられると帰路につく。どちらが言い出したのでもなく、揃って駅へと歩いていく。
行きと同じくメトロを使い、電車を乗り換えて仲間が待つ家の最寄り駅で下りる。
その頃になると陽もかなり傾いて、赤い光に照らされた二人の影が伸びている。それぞれ片手に鉢が入った袋を持って、人通りの無い道を並んで家を目指す。
隣を歩く朝陽に、ラビがそっと目をくれる。夕陽に滲んだ髪の色は、ヒースよりずっと赤く染まっている。手に持った白い花も、オレンジ色に輝いて見えた。
「……その花、気に入ったの？」
「はい。あ、でも……本当は、ラビさんにプレゼントするつもりで……」
「オレ、に……？」
てっきり朝陽が自分で持っていたいから購入したのだとばかり考えていた。恋人に例えられた花だから、手元に置いておきたいと思ったのではないのだろうか。
朝陽の気持ちを探るように、青い目を見開くラビ。そんなラビを遠慮がちに見上げながら、朝陽なりに嬉しそうに語り出す。
「店員さんに、教えてもらったんです。白いヒースの花言葉……『願い事が叶う』。だからオレ、ラビさんに持っていてほしくて」
その花を大事に育てていれば、きっと持ち主の願い事も叶うことだろう。そんな期待と思いやりとを込めながら、朝陽の瞳が優しく細められる。
自分よりも恋人を優先しようとする朝陽の言葉――素直に喜んだらいいのか少し迷ったが、やがてラビも顔中に微笑みを湛えた。ラビの願いは、常に朝陽と共にあるのだから。
ラビが何を願っているのか、それは朝陽にも分からない。分からないまでも、朝陽にとってはラビの幸せこそが自身の喜びだった。だから、自分の願い事を後回しにしてでもラビに願いを叶えてほしい。
願いを叶えたラビの姿を見たいと願うから、ラビに白いヒースを贈りたかったのだ。
（本当のことを言えば……オレにだって、自分の願いはある。白いヒースが叶えてくれるなら、一生懸命育てて毎日だってお願いしたい……）
胸に秘め続けてきた朝陽の願い。ラビと出逢い、彼に守られ、彼に憧れるようになってから、ずっと抱いてきた想い。
ラビと結ばれ、彼を深く愛するようになってからは一層、強く思い描いてきた未来。
ラビと同じくらい強く優しい男に成長して、ラビと対等の恋人だと言えるようになりたいという願い。
（けど、それは願っちゃダメ。オレが、自分の力だけで成し遂げなくっちゃいけない。……白いヒースが持つ、もう一つの花言葉の方も）
鉢の入った袋をそっと持ち上げて、ラビに提示する。「受け取ってくれますか？」と尋ねるように、少しだけ眉を下げる朝陽。
朝陽の想いが込められたプレゼントをラビが拒むはずがない。それなら自分の鉢と交換しようと、ラビも袋を持ち上げた。
夕陽の中、立ち止まって向かい合うラビと朝陽。互いの色をした花を交換し合い、そしてまた並んで歩き出す。
物音の消えた住宅街。二人が生み出す足音だけが、互いの耳に響く。寄り添いながら歩幅を揃えて歩いていると、空っぽの方の手と手が時々触れ合う。
偶然の触れ合いも、恋人が相手だと思うと意識してしまう。自分からその手を取る勇気は無いまでも、もっと触れ合うことが出来たら良いとは朝陽も思う。
同じことをラビも考えていた。ただ朝陽と違うのは、ラビは踏み出す一歩を躊躇わないということ。微かに触れ合う指先へと手を伸ばして、手の平同士を重ね合わせる。
「ラ――」
思わず立ち止まる朝陽。ラビも足を止め、触れ合わせた手をそっと握る。ラビの大きな手が、朝陽の細くて小さな手を包み込んでいた。
ドキドキと高鳴る心臓を押さえたくとも、両手が塞がれた状態では叶わない。いくら人目が無いとはいえ、恥ずかしさを覚えてつい振りほどきそうになってしまうが、そうする勇気もまた朝陽には備わっていない。
「ラビ、さ……」
戸惑いからか、小さくラビの名前を口にする。呟きにも似た声からは、嫌がる気持ちは感じられない。だからこそラビも、より深く指を繋いでいく。
デートの最中も、決して朝陽の意思を無視して無理矢理手を繋ごうとはしなかったラビ。それなのに何故、今になって――。
疑問に感じながら、ドキドキと胸を鳴らしてラビの大きな手を見つめる。朝陽のチェリーピンクの髪に顔を寄せたラビが、小さいながらもはっきりとした声で答える。
「叶ったよ……オレの願い事」
朝陽と外で手を繋ぐ。恋人同士であれば、ごく普通の何でもない行い。それさえ、ラビにとっては尊い願い事であった。
恥ずかしがり屋な朝陽の性格だけに留まらない。二人を取り巻く困難――それは、互いに恋心を抱いた時から二人とも感じていた。
男同士――同性間の恋愛を遂げることが、いかに難しく障害が多いか。周囲の支えや応援に勇気づけられても、それでも未来を危ぶんでしまう。
それでも貫き通したい愛がある。だから、隣を歩く朝陽の手はいつだって握っていたいと本気で願う。
未来に望む大きな願い。それを果たすための第一歩として、今は小さな願いを叶えたい。手を繋ぐという、ほんの些細な願い。それを成し遂げるだけでも、二人には大きな勇気が必要だった。
ラビが振り絞った、朝陽の手を取るという勇気。その勇気をラビに与えたのは、一体誰だったのか。そんなことは考えもせずに、朝陽はただラビの行動に胸を温かくさせていた。
「はい……オ、オレの願いも……叶えてくれました」
「うん……だから、叶えたかったんだ」
ラビが願ったのは、朝陽も常に夢描いていたこと。朝陽もまた、勇気を出してラビと手を繋いで歩きたかった。
ラビと外へと出かける度に願っては、自分から拒み続けてきた願い。そこに至るまでに必要となる大きな勇気を持つことは、朝陽にはまだ難しい。
それでも、ラビにその勇気を持たせることは出来る。ラビに朝陽の手を取る決心をさせたのは、朝陽の一途な愛だった。
ラビが朝陽にしたいと思うこと――それは、朝陽がラビにしてほしいと思うことと同じ。それに気が付いたから、ラビも躊躇うことなく踏み切れたのだ。
ラビにきっかけを与えたのは、朝陽のほんの些細な一言。小さな思いやり。それだけでも、朝陽に報いようという思いをラビに抱かせるには十分だった。
二人が願う幸せは、同じなのだから。
「オレ一人の願いじゃない……朝陽もオレと同じことを願っているって知ってるから、朝陽の為にも叶えたいって思ったんだよ。オレ一人じゃ、そんな勇気は得られなかった。朝陽は、オレにいつも勇気をくれる……本当の勇気を持った強い子なんだよ」
朝陽の勇気――他でもなく、朝陽自身が全く信じていないもの。自分に一番欠けていると思い込んでいる要素。
けれども、ラビの言葉なら信じることが出来る。ラビと出逢って以来、朝陽はずっとラビのようになりたいと思ってきた。真剣にそう願う気持ちが、朝陽の心に勇気を芽生えさせていた。
ラビもまた、朝陽と出逢って以来、ずっと朝陽だけを見続けてきた。だから、朝陽の変化にも本人以上に気が付くことが出来たのだと朝陽も信じられる。
臆病な自分だけれども、誰の為になら変わりたいと願うことが出来るのか――それを知っているのだから。
「……オレも同じ、です。ラビさんじゃなかったらオレ、弱いままでした。好きになったのが、ラビさんだから……」
日本でラビと出逢わなければ、こんなにも自分を変えようとは思わなかった。
もっと自分を変えていきたい。ラビに守られるだけではなく、朝陽もラビを守れるぐらい強くなりたいと本気で願う。
頼り頼られ、守り守られ、歩みを揃えて共に成長していく関係。ラビと朝陽が同時に夢描く、理想的な恋人としての未来。
それを叶えたい。それこそが、白いヒースのもう一つの花言葉へと繋がっていくのだろう。
ラビには言えないでいた、もう一つの花言葉。それでも信じてみたい、二人で実現したい素敵な結末。
（いつか……いつか、二人で笑い合って、ラビさんに教えてあげられる日が来ると、いいです。白いヒースの花言葉……それはきっと、その花言葉が実現した日だと思うから……。ラビさんと一緒に、作っていく……『幸福な愛』）
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