慣れた手つきでフライパンを動かすラビ。クリーム色のトロッとした中身がぐつぐつと音を立て、食欲を湧き立てる牛肉の良い香りを漂わせている。
　見るからに美味しそうなビーフストロガノフの出来栄えに、ラビ自身も満足げだ。祖国ロシアの味を仲間に振る舞おうと張り切った甲斐がある。
「よし、こっちは完成っと。朝陽、そっちはどうだい？」
　火を止めて振り返る。共同生活をする仲間の中で、ラビの他に調理を許されたのは朝陽のみ。普段は控え目な朝陽が、ラビの役に立てるならと手伝いを買って出ていた。
「あ、はい……ちょうどサフランライスを蒸らすのが終わったところです。それと……時間があったので、サラダも作ってみました」
　自信なさげに手元のボウルを見せる朝陽。レタスとキュウリとゆで卵が盛られたサラダは、メインのビーフストロガノフとの相性も良さそうだ。
　色取りを考えると、ここにトマトの赤が欲しいところ。あえて避けたところが朝陽らしい。それでも頼まれた用事だけでなく、気を利かせてサラダまで用意してくれた機転と気配りにラビも自然と頬が緩む。
「嬉しいよ、朝陽！　キレイに盛られているし……あぁ、美味しそうだなぁ。ありがとう！」
「い、いえ……余計なことをしてって怒られなくて……よかった、です」
　それは謙遜ではなく本心なのだろう。やることなすこと何に対しても自信を持つことに苦手意識を抱いているのが、朝陽の悪い癖だ。
　それでもラビを手伝えることが嬉しく、彼に頼ってもらえるよう気を回したつもりだ。その想いに応えるようにして、ラビが三角巾越しに朝陽の頭を軽く撫でる。
　どんな言葉よりも確実に伝わる、ラビからのご褒美。自分の行いが迷惑でなかったのだと分かり、ホッとするのと同時に小さな自信が芽生える。
　こうして少しずつ自分を認められるようになっていけばいい。そうしていつか、ラビと頼り頼られる仲に――正真正銘の恋人になれればいいと。
　互いにはっきりと言葉にした訳ではない。それでも無言の内に、お互いに誓い合った約束。その約束を果たそうと朝陽が頑張ってくれているのが分かるから、ラビも手放しで褒めてやる。
　ラビの目に映る朝陽はもう既に、自分には勿体ないと思えるくらい立派で素敵な恋人だった。
「あの……ラビさん？　その……サフランライスの味、見てもらってもいいですか？　オレ、初めて作ったから……ラビさんの料理に合うかどうか心配で……」
　ラビの目にはどう見えようと、自分で自分を認めるのが苦手な朝陽。おずおずと上目遣いでお願いをして、炊飯器の蓋を開ける。
　ふわっと上がる湯気。その中に、黄金色のサフランライスが見える。つやつやとした光沢から、見た目は申し分ない。味の方はどうかと、朝陽がスプーンで掬ってラビの前へと差し出す。
　朝陽が手に持ったままのスプーンをパクりと口にして確かめる。味も硬さもラビの好みにピタリと当てはまった。
「うん、美味しいよ！　初めてとは思えないなぁ……やっぱり朝陽は料理に慣れてるだけあるね」
「ほ、褒め過ぎ……です」
　故郷の実家では両親が共働きということもあって、朝陽も家事の手伝いはよく行ってきた。だから料理についても慣れているとは朝陽自身も思う。
　それにしてもラビの褒めちぎりようはどうか。目を伏せた朝陽の顔からも湯気が立ち上るように見えた。
「じゃあ、次はオレが味を見てもらう番。いいかな？」
　炊飯器の蓋を閉め、朝陽からスプーンを受け取ったラビが尋ねる。「え？」と朝陽が聞き返すより早く、ラビはフライパンの中身を掬っていた。
「どうぞ、朝陽。熱いから気を付けて」
「あ……はい」
　鼻先にスプーンを持ってこられて、ビーフストロガノフの匂いを前に朝陽は反射的に口を開く。優しくそっとスプーンを運ばれて、口の中を満たす熱はラビの愛情そのものに思えた。
「……はい。美味しいです……とても」
　一口味見をして、真っ先に思い浮かんだ言葉を口にする。もっと言葉を足そうと思うのだが、未知の美味に対して上手い表現が出てこない。
　口の中いっぱいに広がる程よい酸味は、以前にラビが得意料理だと言って振る舞ってくれたボルシチにも似ている。
　それでいて牛肉のエキスが深いコクを生み出していて、夕食前の空腹を促してくる。
「えっと……お肉も柔らかくて、タマネギの甘さもあって……すごく、美味しいです。それから……クリーミーで食べやすいですし、その……ラビさんの優しさが表れています」
　小声ながらも、はっきりと伝える。丁寧な味付けから窺える、ラビの温かな思いやりを。
　一言「美味しい」と言ってもらえれば、それだけで満足だったのに。思わぬことに、それ以上の賛辞をもらえてラビが相好を崩す。
「嬉しいよ、朝陽。オレの料理を美味しいって言ってくれて……オレの為に、いっぱい言葉を考えてくれて……。それに――」
　引っ込み思案で口数の少ない朝陽が、味見を求める自分の為に一生懸命に頭を振り絞ってくれた。それがラビに、くすぐったくなるような思いを抱かせる。
　それを誤魔化そうとして、朝陽の方を自分よりもっと照れさせてやろうというイタズラ心を発揮する。
「――オレと間接キスまでしてくれて」
　耳元で甘く囁いてから、手に持ったスプーンを軽く振ってみせる。朝陽の口に運ばれたそのスプーンは、先ほどラビがサフランライスの味見に使った物だ。
　ビーフストロガノフの味見と一緒に自分が何をしたのか気が付いて、途端に朝陽は顔中を真っ赤に染めてしまった。
「あっ……あ、あぅ……そ、れは……」
　あまりの恥ずかしさに襲われて、口をパクパクさせながら立ち尽くす朝陽。
　ラビの唇に触れたスプーンを咥えただけではなく、その中身を口の中で散々に弄んでいた。ラビの唇に対してそうしたのかと思うと、意識が飛びそうなくらい頭の中が熱くなる。
　まだまだウブな反応を見せてくれる朝陽が、ラビには可愛くて仕方がない。間接的にだけでなく、直接のキスだって交わした仲なのに――そんなことを考えながら、ラビは元の余裕を取り戻していった。
「さあ、料理を運ぼう！　オレたちの愛情が込められてるから、みんなも喜んでくれるはずさ」
　未だ動けないでいる朝陽を尻目に、テキパキとサフランライスとビーフストロガノフの盛り付けをしていく。
　そんなラビの動きを目で追いながら、朝陽は心の中で騒いでいた。間接キスのことだけでなく、ラビが言った言葉を意識して。
　ラビの言う「オレたちの愛情」がメンバーに向けられたものなのか、それともラビと朝陽の間だけで交わされる特別なものを指すのか。
　それを考えると悶々としてしまい、しばらくキッチンで立ち尽くしてしまいそうだ。
　余計なことを考えなくても済むよう、朝陽も急いで手足を動かす。サラダボウルと取り皿を手にして、ダイニングルームへと料理を運ぼうとしているラビの後を追った。



　一つ屋根の下、Ｉ♥Ｂ五人でテーブルを囲むひと時。団欒の中にも、朝陽はそわそわした様子を見せていた。自分たちが用意した食事がメンバーの口に合うかどうか、気になって仕方がないようだ。
「ごちそうさま。とても美味しかったよ、ラビ。朝陽も、よく作ったね」
　皿を空けたノアの心からの笑顔が、朝陽の心配を吹き飛ばす。自分が褒められた以上に、ラビの手料理が気に入られたことが嬉しかった。
「うんうん！　すっごい美味かった！　ロシアって色んな美味い料理があるんだなー」
　その隣ではしゃぐレオンは言うに及ばず、特にコメントは無いものの静かに微笑むリュカの様子からも全員が満足したことが分かる。
　それだけでラビも朝陽も満たされる。空になった皿と笑顔とが、どんな賛辞よりも嬉しく感じられた。
「みんな食べ終わったみたいだね。それじゃあ洗い物をするから、食器を下げるよ」
「あ！　オレも手伝います、ラビさん」
　テーブルを見渡しながら、気を良くしたラビが食器を片付けていく。後片付けまでが料理を振る舞う人間の務めだとばかりに、率先して世話を焼いてくれる。
　そんなラビを手伝おうと、朝陽も立ち上がる。あの引っ込み思案な朝陽が……と、二人を除く一同は揃って朝陽を見やった。
「ありがとう、朝陽。それじゃ、一緒に洗おうか」
「あ、はい！」
　朝陽の成長と厚意とをラビが無下にするはずもなく、全員の皿とコップとを手に二人は並んでキッチンへと下がっていった。
　その後ろ姿は、さながら仲睦まじい新婚夫婦のようでもあった。そんな二人を祝福するように、テーブルについたままの三人は穏やかな視線を送り続ける。
　ラビと朝陽が恋仲であるということは、メンバー全員が周知の事実だ。それは当の本人たちがお互いの気持ちに気が付くよりずっと前から知っていたし、そのことに異を唱える者など誰もいない。
　ノアとレオンならいざ知らず、リュカは生真面目で堅いところがあり、同性愛についても二人ほど寛容とは言えないところがある。
　それでもラビと朝陽を大切な仲間だと思う気持ちは、ノアやレオンにも負けていない。大切な仲間たちの間で愛が芽生えるのであれば心から祝福するし、誰にも文句を言わせるつもりはなかった。
　言葉少ないリュカの想いを、ノアもきちんと見抜いている。日頃はふざけてばかりのレオンも、二人の関係については真剣に考えていることも知っている。Ｉ♥Ｂという、この絆の深さを実感できる空間がノアは好きだった。
「レオン、お茶を淹れてくれるかな？」
　ダイニングルームを包んでいた穏やかな静寂をノアが破る。食後の一服を求める声に対して、レオンがあからさまな不平を唱えた。
「えーっ、何でオレ？　疲れてるのにヤダよー！」
「まったく……もっと疲れてるであろう二人を労う気持ちはないのかい？」
　呆れかえったようなノアの視線。何もノア自身がお茶を欲していたのではなく、洗い物から戻ったラビと朝陽を温かな一杯で出迎えてやろうという提案だとレオンも気付いた。
「う……分かったよ！　それなら、とびっきり美味いのを淹れてやろうじゃん！」
　二人の為ならばと、レオンもかえって張り切って席を立つ。
　つられてリュカが、やにわに立ち上がる。
「よし、オレも手伝おう」
「ふふ、どこへ行こうとしてるのかな……リュカ？」
「…………すまない」
　たかだかお茶を淹れるだけ。それもレオンの手伝いに過ぎない。
　それでも行き先がリュカにとっての鬼門とあっては、家主のノアが見過ごすはずがない。
　背筋を凍らせながら、リュカは元の席へと座るはめになった。



　香り良く渋みの控え目な紅茶を、同じ量のミルクを入れて楽しむ。胃の中も気分も落ち着き、安眠へと誘ってくれる。
　ティーカップを片手に食後の談笑を交わしていると、柱時計が時刻を知らせてきた。
　それなりに遅い時間だが、床に就くにはまだ少し早い。最初に立ち上がったのはリュカだった。
「オレはそろそろ部屋に戻らせてもらう。おやすみ。それと……ごちそうさん」
　夕食の礼なのか、それともレオンが淹れたお茶のことだろうか。キッチンに入れないなりの寂しさが、少しだけ感じられた。
　一足早く自室へと引き上げていったリュカだが、決して協調性に欠けている訳ではない。彼なりに五人で過ごす時間が心地良いと感じてはいるが、一人の時間を大切にしたいという思いもある。
　奇しくもメンバー全員が同じ十七歳というＩ♥Ｂ。青春のただ中にいる者同士、それぞれの気持ちは何となく分かっていた。
　寝付くまで読書にでも耽るのであろうか。それともストイックなリュカのことだから、夜を通して作曲に精を出すのだろうか。
　この場にいない仲間について考えを巡らせながら、ノアの視線がラビの指先を捉えた。
「…………」
　いつでも落ち着いていて、メンバーの中では年長にも見られるラビがどこか忙しなくしている。その機微を捉えると、胸の内でクスリと微笑みながら口を開いた。
「さて、レオン……オレたちもそろそろ休もうか」
「えー？　明日はオフなんだし、オレ夜更かししたいんだけど？」
「だったら、なおさら早くベッドに入るのを勧めるよ。せっかくのオフを有意義に過ごせるよう、たまには早起きしたらどうだい？」
　口調こそ穏やかだが、有無を言わせぬ迫力を醸し出すノアの微笑。ただの嫌味や提案ではない深い考えが秘められている証だ。それが何なのかまでは読めないものの、逆らってはいけないとレオンの本能が察していた。
「わー!!　わかった！　す、すぐに寝るよ！　おやすみなさーい！」
　カップに残った紅茶を流し込んで、猛スピードでダイニングを飛び出していく。その動きに呆気に取られているラビと朝陽を横目に、ノアが優雅に立ち上がる。
「ラビ、朝陽、今日はお疲れ様。グッナイ！」
「あ、あぁ。おやすみ、ノア」
「おやすみ……なさい」
　反射的に挨拶を返す二人。自分たちも部屋に戻った方がいいのかと顔を見合わせる。
　ダイニングを出る直前で、ノアがそんな二人をチラリと振り返った。
「……二人は、ゆっくり起きてきていいからね」
　その含みのある笑顔に、朝陽は思わずゾッとしてしまう。そして次の瞬間には、ノアが何を許可してくれたのかを察して身体を火照らせる。
　髪の毛から覗かせる赤くなった朝陽の耳たぶを目にしながら、ラビは心の中でノアに感謝を唱えていた。
　忙しなく動いていた指先はいつもの落ち着きを取り戻し、想像の中では既に朝陽の白い肌に触れている。
　ラビとは正反対に、今度は朝陽が落ち着かない。視線を壁やら天井やらに移動させて、ヘアゴムで留めただけの長い髪の毛を弄っている。
「う……ラ、ラビさん……オ、オレたちも……寝ましょうか？」
　視線も合わせず、呟くようにして尋ねる。口にしてから言葉の選択を誤ったと思った。
　他意など無く純粋に就寝の意味で言ったのに、まるで自分から夜の誘い掛けをしているような物言いではないか。
　朝陽の台詞をラビがどう捉えたのか。想像しただけで恥ずかしさが全身に回り、顔を深く俯かせる。
「……朝陽」
　うなじに吐息を掛けるように囁いてくるラビの声は、いつもと同じように穏やかで優しい。それなのに朝陽は変に意識してしまい、ベッドの中で囁かれているように錯覚した。
　小刻みに震える両肩を、ラビが大きな手を被せて落ち着かせる。朝陽を怯えさせないよう、言葉を選んで慎重に問いかける。
「オレは……ノアの言葉に甘えたいけど……いいかな？」
　いつもの優しさを湛えた声。しかしながら、言葉は朝陽を求めていた。
　朝陽の意思は尊重したいし、許しも得られないのに無理矢理抱くつもりもない。それでも今、朝陽が欲しくて堪らない。
「今日は……朝陽の温もりを抱いて寝たいな」
「オ、レは……」
　上ずった声で言い淀む。ラビの要求に乗り気でない為か。ラビを拒むことに恐れを抱いている為か。
　そうではない――。
　朝陽も身体を重ねる行為を恥ずかしいと思いながらも、決して嫌という訳ではなかった。相手が恋い焦がれるラビだから、朝陽も本音では抱き合いたいと思っていた。
　それを言葉にするだけの勇気が持てず、ただ頷いてみせる。
「朝陽……！」
　それだけで朝陽の意思は伝わった。朝陽がラビを受け入れてくれただけに留まらない。朝陽もラビを求めており、それを表す為に勇気を振り絞ってくれたことの全てを理解した。
　朝陽の気持ちが手に取るように分かったことで、ラビの胸は早くも朝陽自身を抱きしめているかのように熱くなっていた。



　揃って洗面台へと立って、一緒に歯を磨く。お互いに、随分と念入りに磨いているなと思う。そうする理由は自分も同じだから、お互いに何となく嬉しくなった。
　コップを行き来させて口をゆすぐ。歯磨き後は部屋に戻って寝るだけというのが普通の十七歳。少し前までは、二人もそうだった。
　いつ頃からか、一人で眠る頻度が段々少なくなってきた気がする。この晩に限らず、廊下で別れてそれぞれの部屋に入るのが惜しいと感じていた。
　ダイニングルームで確認した通り、今夜も一人きりで過ごしはしない。廊下に並ぶドアを見ながら、ラビが声を潜める。
「……オレの部屋で、いい？」
　気恥ずかしそうに尋ねるラビに、朝陽が無言でコクコクと頷く。就寝前の恋人同士の時間――それを朝陽が自分の部屋で過ごすには、まだ少し照れと緊張とがあった。
　緊張しているのはラビも同じ。ただし、その緊張の中にも喜びが含まれていることが違った。
　共同生活をする中で、唯一と言ってもいい自分だけのプライベートな空間。そこに恋人を招き入れる緊張には、どこか相手を支配するような喜びもあった。朝陽が自分に全てを捧げてくれているのだという実感があった。
　そっとドアを開けて、先に朝陽を中へと入れる。自分のテリトリーに朝陽が完全に入り込んだところで、ドアを閉めて朝陽の細い身体を抱き上げる。
「ひゃぁっ……ラ、ラビさん!?」
　自分の身が突然空中に浮かんだことで、朝陽は目を回しそうになってしまう。それでも一瞬後に確かな安心感を得られたのは、ラビの力強い腕がしっかりと自分を支えてくれているのが分かったからだ。
　朝陽を抱きかかえたままの状態で、ラビはベッドの前まで移動する。その小さな身体を下ろす前に、もう少しだけ持ち上げて鼻先にキスを落とす。
「……ずっと、こうしたかった。一緒に夕食を作ってる時から、早く朝陽を抱きしめたくて……キスしたくて仕方なかった」
　その言葉の通り、朝陽の頬へ唇へと次々と触れていく。途端に激しくなる愛情表現に朝陽も身をよじらせたくなる衝動に駆られるが、不安定な今の体勢では叶わない。
　されるがままラビの唇を受け入れていると、次第に甘ったるい気分が湧いてくる。朝陽の変化にはラビもすぐに気が付いた。もう準備は出来ていると看做して、キスを続けながらゆっくりと朝陽の身体をベッドに下ろす。
　恥ずかしがりながらも、朝陽もラビと触れ合えることに喜びを見出そうとしている。そんな表情を上から見下ろすだけで、ラビの欲望は高まっていく。
　朝陽の身体や気持ちを案じて優しくしてやりたいと思う一方、性欲の制御など考えることなく無茶苦茶に犯してやりたい気持ちもある。
　どちらも朝陽への愛があればこそ。なるべく無理をさせないようにと自分に言い聞かせながら、滾る気持ちを解放させるべく自身の服に手を掛ける。
　中に着ていたＴシャツごとトレーナーを脱ぐ。ラビの肌は髪の色より一段と白く見えるが、ジムで鍛えてる為か貧相なイメージは無い。
　きめの細かい皮膚を盛り上げる筋肉は、同年代より一足先に大人の身体に変わったみたいだった。
「あ……」
　顕となったラビの二の腕や胸板のたくましさを目にして、朝陽が思わず吐息を漏らす。
　ラビへの恋心を意識するまでは、それは自分が持っていないものに対する憧れに過ぎなかったかもしれない。
　その当時には、もう戻れない。
　ラビと相思相愛となり、そのたくましさを自身の肌で知ってしまった。朝陽がラビの筋肉を見つめるのは、自分もそうなりたいと願う憧れよりも、むしろ力強く抱いてほしいという想いの方が大きかった。
「どうしたんだい、朝陽？　そんなに、ジーっとオレの裸に見入っちゃって」
「はわっ……す、すす……すみませんっ」
　意識していた訳ではないが、ラビには朝陽の視線が丸分かりだったようだ。途端に恥ずかしくなり、顔を真っ赤にしながら目を泳がせる。
　クスリと笑いながら、ラビが朝陽に顔を寄せる。同時に、悟られないよう指先でそっと朝陽のパジャマを摘まむ。
「いいんだよ。オレだって、朝陽の裸を見たい気持ちは一緒だ。今晩だけじゃない。オレはね、ずっと朝陽を見てきたんだよ。日本で一緒に暮らすようになってから、ずーっと」
「ずっ……と？」
　改めて思い返せば、いつでもそうだった。朝陽の様子に変わったところがあれば、ラビはすぐに気が付いて助けてくれた。
　本当にいつでも傍で見守り続けてくれていたのだ。二人が結ばれるより、ずっと以前から。
　ラビの優しさと愛情を朝陽が噛みしめている間に、ラビはゆっくりと朝陽のパジャマの裾を上げていく。
　朝陽の意識がそちらに向いたら、恥ずかしさから抵抗を始めるかもしれない。朝陽の細腕くらい簡単に思い通りに出来るが、それはラビの趣味ではない。
　朝陽の注意を自分の言葉に引き付けようと、至近距離からの囁きを続けていく。
「今日だってそうだ。夕食を作る時も食器を洗う時も、朝陽の方からオレを手伝ってくれて……嬉しそうに手伝ってくれる朝陽の顔、ずっと見てたよ。優しい、いい子だなぁって……オレのこと、こんなに好きでいてくれてるんだなぁって……心の中で、ずっと自慢してた」
「そ……そんな、こと……」
　否定の言葉を言いそうになる唇に、軽く触れるだけのキスをして阻止する。
　唇は離れても、ラビの高い鼻や長い睫毛は朝陽の顔に触れそうな距離を保っていた。
「本当だよ。オレは、朝陽のことはいつでも見ている。オレの瞳に朝陽が映る度に、朝陽の良い所が見つかる。あぁ……本当に自慢したい。こんなに素敵な子がオレの恋人なんだって……こんなに可愛い子がオレのことを好きになってくれたんだって、世の中の全員に自慢してやりたいよ」
　至近距離から愛情たっぷりに褒められて、朝陽は返す言葉を失った。ドキドキと高鳴る心臓の音が、密着するラビに聞こえてしまうのではないか――などと心配する余裕さえ失くすほど、朝陽は狼狽していた。
　そんな状態では、ラビの手の動きに気が付くはずもない。もう胸元まで、パジャマをたくし上げられていることになど。
　無防備なまま晒した朝陽の白い胸。ミルクの匂いが漂ってきそうなほど白く美しい肌を彩るピンクの突起に、ラビも目を奪われる。食べてしまいたい――そう思った時には、もう口を付けて味わっていた。
「ひゃっ……!?」
　突然の刺激に、ようやく朝陽も自分が置かれた状況を理解する。慌ててパジャマを下ろそうとするも、ラビの手が裾をしっかりと押さえてままならない。
　唇で優しく吸い付きながら、手元は更にパジャマを脱がそうとしていく。捲られたパジャマが、するすると朝陽の首の方へと移動していく。
「あ……んっ」
　指先で首筋をくすぐられると朝陽も抗えない。両腕をゆっくりと上げ、頭を少しだけ浮かしてラビが脱がしてくるのを手伝う。
　パサリ、と完全に剥ぎ取られたパジャマが床に落ちる。その音を聞いて、ラビも胸元から顔を上げる。再び二人の鼻先がくっ付きそうなほどの至近距離で、顔を赤らめて目を逸らす朝陽に囁く。
「さっき朝陽が、オレの裸を見ながら考えてたこと……当ててみせようか？　オレに抱きしめられるのを待っていたんだろう？」
　そんな恥ずかしいことを面と向かって頷けるはずがない。返事に窮して「う……」と短く唸ったのみだ。
　それでも微妙な表情の変化や声色から、朝陽が肯定に答えてくれたのだとラビには分かった。
　ラビも同じだ。朝陽が衣服を取り払った姿を見たい。肌と肌とを直に触れ合わせて抱きしめたい。その願望を果たす為の準備も意思確認も済んだ以上、もうラビは欲望を堪え切れなかった。
「朝陽……っ」
「ラ、ラビさんっ」
　両手を朝陽の背中とベッドのシーツの間に潜り込ませる。手の平に伝わってくる背中の温かな熱。それを更に求めようと、腕全体を朝陽の背中へと伝わせていく。
　二人の身体はより密着していき、ラビの鍛えられた胸板が朝陽の厚みの無い胸と重なって熱い血の巡りを共有する。
「あぁ……こうしてると朝陽の温もりも、心臓の鼓動も全部伝わって……まるでオレと朝陽が一体になったみたいだ」
　互いの皮膚一枚を隔てて循環する熱と熱。相手を想えば想うほど、意識すればするほど熱を増していくのを感じる。
　ラビと裸の胸を触れ合わせている。そのことを意識するごとに膨らんでいく恥じらいから、朝陽が唾を一つ飲み込んで切れ切れに訴え出す。
「ラビさん……へ、部屋……く、暗くして……ください」
　密着していなかったら聞き逃してしまいそうなくらい小さな声。それでも勇気を出しての訴えだ。
　今回ばかりはラビも、その勇気に免じるつもりはなかった。
「どうして？　朝陽のキレイな肌……見たいのにな」
　きめ細かで陶器のように美しい肌。触れてみれば、絹のような滑らかさと羊毛のような柔らかさとを体感できる。いつでも見たくなる、いつまででも触れていたくなる魔性の魅力。
　それを明るい所で間近で味わいたい。背中に回した腕の力をゆっくりと強めていきながら、外気に晒された首筋に吸い付いて跡を付ける。
「紅く……なっちゃったな」
　自らが刻み付けた首筋の跡を、傷を癒すように舌先でなぞる。白い肌に、ほんのり浮かぶ赤いキスマーク。そこから何を連想したのか、ラビの視線が再び朝陽の胸元へと移動する。
「こっちの方が、もっと紅い。それに、ツンと立って……どうして、こんなになってるのかな？」
「イ、ヤ……言わ、ないで……ください」
　あえて触らず、ただ間近でジッと見つめる。白い胸の先端を見つめられて、朝陽は身じろぎしながら両手で胸を隠した。
　いつもはベッドでの行為も薄暗い中で及んでいる。だから朝陽の恥ずかしさも、まだ少しは紛れていた。
　今日は違う。自分の裸体がラビに丸見えになっていることを意識して、いつもより余計に恥ずかしく感じていた。
　ラビもまた、胸を打つ鼓動がいつも以上に速く感じて息苦しいほどだった。下腹部の熱も、いつも以上に膨らんで痛いほどだった。
　電気を点けたまま行うという新鮮な状況が、ラビに初めての夜の時に味わった緊張と興奮を思い起こさせていた。
「朝陽……キレイ、だ」
　愛しい恋人の全身を目に焼き付けようと、背中に回していた腕を一旦解放して少しだけ身を起こす。
　朝陽の身体を覆う影。密着していた時よりも、ラビの大きな身体が覆いかぶさっていることを朝陽も意識してしまう。
　ベッドに寝そべった上半身裸の自分を真上から見下ろす視線を感じてしまい、朝陽の身体に言いようのないむず痒さが走る。
　少しでもラビの視線から逃れようと、交差させた両腕で胸元を隠す朝陽。それでも青く輝く瞳からは逃れられない。とうとう身をよじらせ、横向きになって背中を丸めてしまう。
「……朝陽」
　優しく落ち着かせるように名前を呼んでやると、身体を強張らせながらも少しだけ視線を向けてくれた。
　ほんのり桜色に火照った身体や、不安そうに揺れる瞳が艶めかしい。
　暗がりでは気が付かなかった朝陽の貌に唾を呑む。これまでもこんな風に反応していたのかと思うと、自然と呼吸が荒くなってくる。
（まだだ……堪えろ）
　自分の欲望を爆発させたい気持ちを何とか抑え込む。力に任せて制するよりも、朝陽の方から迎え入れてくれる方が何倍も嬉しいからだ。
　安心させるように、朝陽の背中を優しくさすってやる。少しだけ緊張と警戒が和らいだのか、キュッと胸元に引き寄せていた腕の力が弱まる。
　その隙を逃すことなく、ラビがさっと動きを見せる。朝陽の片方の手首を掴むと、そのままシーツに縫い付けた。
　再び朝陽の身体は仰向けになり、電気の灯りに白い胸と赤い突起が照らされる。
「ねぇ……どうして朝陽のココ、こんなにぷっくりしているんだい？　まるで、オレに触れてほしがってるみたいだよ」
　そんな風に言われたら自分では絶対に見れない。それでも気配は感じる。ラビの顔が、そこに寄せられている気配。ラビの視線がそこに注がれている気配を、否が応でも察してしまう。
　真っ白な雪原に実を付けた二つの小さな果実。それを早く自分の物にしたいとラビが迫ってくる。羞恥はあれど、ラビの手に触れられる気持ち良さを朝陽も知っている。
　ラビが言うように、朝陽もラビに触ってほしかった。赤みを増してラビの目を引くのも、触りやすいよう尖らせているのも、朝陽の身体がラビを求めて自然と反応していることだった。
「…………」
　瞼も唇もギュッと閉じて、震えながら頷いてみせる朝陽。表情を強張らせているのは、嫌々だからではない。自分からラビを求めることに慣れていない為だ。
　それはラビにも十分、伝わっていた。決して独りよがりなどではない。ラビが朝陽に触れたいと思うのと同じように、朝陽もラビを欲しがってくれていることが嬉しかった。
　しかし、それだけで満足できるかと言われれば答えは「ニェット（いいえ）」だ。
「……言葉に出して、朝陽」
　見下ろしてくるラビからの静かな訴え。瞬間、朝陽はドキリと心臓を鳴らした。
　ラビが何を聞きたがっているのか。そう、ラビの手で身体に触れてほしいという要望――それを朝陽に言わせたがっていると分かり、朝陽は息を呑んだ。
「朝陽の可愛い口から、直接聞きたいな」
　囁きかけてくるラビの口調は穏やかだが、有無を言わさぬものがある。
　これまでも、ラビの方から触る許可を求められることはあった。だが、朝陽が何をしてほしいのかラビに尋ねられるのは初めてのことだ。
　こんな日が、いつか来るかもしれないと朝陽も考えてた。それでいながら、心の準備など全く出来ていなかった。
「…………」
　口をつぐむ朝陽。ラビの微笑は、そんな朝陽を優しく見守る。朝陽がラビに何をしてほしいか口にするまで、実際の行為には及んでくれそうにない。
　上半身を晒し、ラビに間近から見つめられる状況に、朝陽もいつまでも耐えられる訳ではない。ラビが待っている言葉を自分から言わない限り、この緊張は解けないと分かっていた。
　覚悟を決めて、ゆっくりと開いた目でラビを見上げる。ラビが望んでいる言葉を口にしようと、震える唇を開いていく。
「そ、そうです……オ、オレ……ラビさんに、触ってほしいん……です」
　室内の灯りに照らされて、朝陽の顔も首もその下も、一面が赤く染まっていった。
　とうとう言えた言葉――これまでも勇気が足りなかっただけで、ラビの手で触られたいとは朝陽もずっと思っていたことだ。
　けれども、ラビにはまだ十分ではなかったようだ。目元には優しさを湛えながらも、口では更に朝陽を追い込んでいった。
「……どこを？　言ってくれないと分からないよ？」
「う……む、胸……オレの胸……触ってください……っ」
　心の中で「イジワル」と唱えながら、羞恥に耐えて口にする。頭の先から首元までが火が点いたように熱い。言い終わった途端、また唇を結んで瞼を閉じてしまう。
　朝陽の見えないところで、ラビの目が獲物を狙うかのように細められる。おあずけを食らった状態から、ようやく解放されたのだ。掴んでいた朝陽の手首を離して、その手を朝陽の胸元へと這わせていく。
「よく言えたね……こんな風に触ってほしかったんだ？」
　指を伸ばして、弾力を確かめるようにゆっくりと押してみる。神経が集中した指先に硬い感触が伝わって、ラビはますます興奮を覚える。同時に朝陽が、敏感な箇所を刺激されて声を上げた。
「あ、んっ……」
　苦しそうな、それでいて悩まし気な喘ぎ声にラビの息遣いも速くなる。指の腹で撫で回しながら、朝陽の反応を窺ってみる。
「んっ……んん……っ」
　自由になった両手で自分の口を押えて、必死に声を殺そうとする朝陽。感じているのは事実なのに、声を聞かれるのは恥ずかしくて仕方がないといった仕草だ。
　責め方を変えたら、もっと違う反応も見せてくれるのだろうか。朝陽よりはまだ余裕がある為か、長い夜を楽しもうとラビの視線が紅い突起を捉えて離さない。
「ふふっ。それとも、もっと強くかな？　こんな風に指先で摘まんでもらいたくって、こんなにコリコリさせちゃってるの？」
「んっ……ヤ……ラビさ……あ、んっ」
　先端への刺激が強くなり、その上言葉でも責められる。恥ずかしさと気持ち良さから、押さえ込んだ手の隙間を縫って甘い声が漏れていく。
「あん……あっ……んっ……」
　零れ出た声は、まだ完全には理性を捨てきれていない。快楽に身を委ねて溺れることには、まだ少し抵抗があるようだ。朝陽の控え目な喘ぎ声から、ラビはそう察した。
　何度も夜を共にした仲だから分かる機微。ラビが望むように朝陽を乱れさせる方法も、ラビは既に心得ていた。
「でも、それだけじゃないよね？　朝陽のココは、指で触られるだけじゃ満足できないって言ってるよ。……何て言ってるのかな？」
「えっ……？」
　思いがけないラビからの問いかけ。朝陽も思わず、口を覆っていた手を離してしまう。
　指先で摘まむのを止めて朝陽からの返事を待つラビを、朝陽は惚けたように見上げていた。これが初めての夜ではないはずなのに、次にラビが何をしようとしているのか本気で見当がついていない表情だ。
　妙なところで、まだまだウブな朝陽。だからこそ、余計に可愛く思えてしまう。けれども、ウブなままでは先へと進めない。朝陽を甘やかすだけでは、全てを楽しむことが出来ない。
　心の中で溜息をついて、朝陽の耳元で答えを教えてあげる。
「オレに……『食べてください』って言ってるよ」
「……っ！」
　流石に朝陽も理解したようだ。そんなこと言えないとばかりに、パッと口元を手で塞ぐ。
　塞いだはずが、寸前でラビに阻止されていた。朝陽の両手はラビに掴まれて、ゆっくりと口元から引き離されていく。
「うー……」
　特に力が込められている訳ではない。それでも有無を言わさぬラビの態度に、朝陽も短く呻いて睫毛を震わせる。
　観念した様子だと悟って、追い打ちを掛けるラビの囁き。
「ね……聞かせて？」
「うぅ……ラ、ラ……ラビさん、に……た、食べて……ほしい、です」
　震える唇に勇気を持たせて、ラビの期待にたどたどしく応える。
　いざ口にしてみれば、自分でもまんざら嘘ではないように思える。だからこそ、恥ずかしい。ラビの唇でそこに触れられることも、その行為を「食べてほしい」と表現することも。
　込み上げてくる恥ずかしさが、自分の表情をどんな風に変えてしまっていることか。ラビに見られまいと両手で覆いたいが、依然として手首を掴まれたままでは叶わない。
　力ではラビには絶対に敵わないから――そう言い訳して、初めから振り解こうともしない。全く抵抗の感じられない朝陽の手首をやんわりと押さえながら、赤く熟れた果実を柔らかくついばんでいく。
「んんっ……あ、あん！」
　緩やかな愛撫ではあるが、指とは全く異なる感触。温かくザラついた刺激から、無意識に声が出てしまう。そして、その声を押さえるものは何も無かった。
　自分の行為によって、大人しい朝陽が堪え切れずに艶めかしい声を上げている。ラビの興奮は高まる一方で、朝陽の声をもっと聞かせてほしいとばかりに行為を進めていく。
「いい声だね……こっちも食べたら、今度はどんな声を聞かせてくれるのかな？」
「んっ、やぁ……」
　もう片方の果実へと唇を移して同じく責める。先に責められていた方の刺激もまだ残っているというのに。そんな状態ということもあって、感じすぎるあまり涙声まで混じり出す。
　朝陽を泣かせて楽しむ趣味などラビには無いが、朝陽だって嫌がっている訳ではない。ただ、自身の中で沸き立つ快楽を持て余しているだけなのだ。それを分かっているから、ラビも愛撫を止めようとはしない。もっともっと朝陽に自分自身を解放してほしいと願って、真っ白な胸に口を押し当てる。
「あっ……ああ、んっ……ふぁぁ」
　苦しそうな涙声に、甘い響きが含まれていく。羞恥という名の扉をこじ開けるには、もう一息。
　舌先で掬いながら飲み込むように吸い付く。そうしている間もラビの視線は、片時も逃さないよう朝陽の表情へと注がれている。
　一瞬、ラビと朝陽の目が合った。胸を襲う刺激に忘れかけていた、ラビに見られているという意識。快楽に乱れる姿などラビの前でしか晒せないが、そのラビにだって出来れば見られたくはない。
　ギュッと目を閉じると、思い切り首を曲げて枕に顔を埋めてしまう。途端、ラビの眉間に小さな皺が寄る。朝陽が苦しそうに息を弾ませる姿よりも、今の無理な姿勢の方がラビの目には痛々しく映った。
　朝陽の胸元から顔を離して、首筋に口づける。声まで低くさせないよう、柔らかい表情と言葉遣いを心掛けて囁く。
「顔……逸らさないで。朝陽の感じてる顔、よく見せて」
　皮膚の薄い敏感な箇所で囁かれて、固く結んだ朝陽の唇がふるふると震える。震えているのは緩く掴まれた手首も同じで、両手をキュッと握り締めているのが分かった。
　その手首を解放してやり、代わりに桃色に染まった頬を優しく撫でる。二度、三度と触れられていく内に、ラビの手の温もりがいつものように朝陽の気持ちを落ち着かせていく。
「……ラ、ビ……さん」
　恐る恐る目を開きながら、ゆっくりとラビの方へと顔を向けていく。それをラビは、決して急かしたりはしない。
　やがて正面から向き合う二人。視線を合わせるところまではいかないものの、小さな鼻も花弁のような唇も真っすぐにラビを向いている。この顔が自分の視界から逸らされるのは、もう御免だとラビは考えていた。
　朝陽の頬に、両側から手を添える。それだけでも、朝陽にとっては刺激的な行為。ラビを身近に感じてしまい、赤みが一層濃くなっていく。同時にラビの存在は朝陽にとって何よりも頼もしく感じられるから、その手から逃れようなどとは思わない。
　ラビの大きくてゴツゴツした手と並べると、朝陽の顔の小ささが際立つ。風にも堪えぬか弱さ、ガラス細工のような繊細さに直に触れれば庇護欲が掻き立てられる。
　そう、自分の両腕で力強くしっかりと抱きしめてやりたいと思うほどに。
「朝陽……ぎゅってしたい。強く抱いても……いいかな？」
　本気で抱きしめたら、容易く折れてしまいそうな柳腰。宣告も許可も無しに力を込めて、痛がらせたり怖がらせたりしてはラビの方が心苦しい。
　先ほどのような、羞恥心をくすぐるイジワルな問いかけではない。朝陽の温もりと柔らかさを確かめたくて、心から求めてのことだ。
　大好きなラビからの訴え――朝陽が拒むことなど、ありえなかった。
「……ラビさんが、したいのなら……」
　言いかけた言葉を飲み込む。こればかりは恥ずかしさの為ではなく、卑怯な言い方だと思ったからだ。
　ラビの力強い腕で抱き締められたいのは朝陽も同じなのに、ラビの為に我慢しているみたいな言い方をするところだった。
　自分から求めることがどんなに恥ずかしかろうと、ラビに触れられたくないなどとは一度だって思ったことがない。ラビから掛けられる言葉と同じくらい、朝陽の心もラビを求めているのだから。
　ならば――と、大きく息を吸い込む。
「オ、オレも……ラビさんに、だ……抱きしめられたい、です……」
　意を決しての告白。朝陽の小さな顔を包むラビの手の平が温められる。それは、どちらの体温が上がった為であろうか。
　恥ずかしさの余り朝陽の顔が上気した為か。それとも嬉しさの余り、ラビが身体を熱くさせたのか。
　その両方だとラビは確信していた。ラビも朝陽も、お互いを同じくらい深く愛している。恋人の身体を抱くこと、恋人に身体を抱き締められることの喜びと興奮が、両者の肉体を火照らせていった。
　両手をそっと下ろすラビ。首から鎖骨へと指を滑らせていき、行き着いた細く形の良い肩を抱く。丸く、つるりとした感触を楽しみながら、抱いてほしいと訴えてきたばかりの唇を塞ぐ。
「ん……ふっ」
　激しい口づけではない。優しく、温かく、穏やかな甘いキス。恋人たちが木陰に身を隠して大事な秘密を分け合うような、神聖で汚れの無い交わり。
　吸い付いては離れ、離れては触れ合う唇の間で濡れた音を響かせる。次第に深く長く交わされるキスの味に、二人とも酔ってきた。文字通り酒気を帯びたように赤くなった顔を見合わせて、お互いの興奮を認める。それが、また気持ちを高まらせる。
「……甘い」
　舌を差し入れたまま呟いてきたラビの一言。思わず「んっ……」と切ない吐息を漏らすくらい、朝陽の心に届いた。
　それを計算してのことではない。朝陽の舌を味わった素直な感想が出たまでだ。
　微かに残る歯磨き粉の甘さが、いつまでも口づけしていたいという気持ちを増長させる。ラビの舌で口の中を責められ感想を述べられ、朝陽の心も次第に蕩けていった。
「んっ……ん……ラビ、さん……」
「ん……朝陽」
　舌足らずで切な気な響きから、朝陽の要求を即座に理解する。肩に添えていた手を二の腕へと下ろすと、そのまま腕ごと包み込むように背中へと手を回す。
　朝陽の細い腕が軋みを上げる一歩手前まで、ギュッと力を込めて抱きしめる。
「朝陽……」
　腕の中に感じる温もりが、自然と愛しい名前を口にさせる。その名を呼ぶ度に、腕の中の温もりをより大切にしたいと思えてくる。絶対に手放したくないと思うくらいに。
「んん……ラビさ……」
「あぁ、ごめん……痛かった？」
　手放すまいと思うあまり、つい力を入れ過ぎてしまった。少しだけ力を緩めて、小さく呻いた朝陽を見下ろす。
　抱きしめる力が弱められて少しは楽になったはずなのに、依然としてモジモジと身体を揺する朝陽。やがて口を開くと、おずおずと訴え出した。
「あの……オレも、ラビさんのこと……ぎゅ……ぎゅって、したい……です」
　途切れ途切れではあるが、しっかりと朝陽の意思を伝える。朝陽の方から、ラビを求めてくれた。それが本当に嬉しくて、ラビも素直に応じた。
　ラビも同じだからだ。朝陽を抱きしめるだけでなく、朝陽からも抱きしめてもらいたいとラビも常々願っていた。
　ベッドに手をつき、腕を大きく広げて上体を浮かせるラビ。開いたラビの腕と脇の間に出来た隙間へと、朝陽が細い腕をそっと伸ばして広い背中に指を這わせる。
　背中から心臓に触れられたみたいに、ラビの左胸がトクンと跳ねる。か細い力で引き寄せる朝陽の手に誘われて、ゆっくりと朝陽の身体に覆い被さり再び抱き締める。
　左腕は背中越しに朝陽の左肩を抱き、右腕もまた背中越しに朝陽の腰を抱く。ラビの背中に回された腕も、すっぽりと収められた身体も細くて儚い。
　頼りなげに揺らめく灯火を守り抜くつもりで、朝陽の身体を自身の両腕にしっかりと抱き締めた。
「朝陽……いいよ、もっとしがみついて」
「ん……ラビ、さぁん……」
　むずかる子供のように、ラビのたくましい身体に縋り付く。自分よりも大きく引き締まった身体から、絶対的な安心感と確かな興奮を得ていた。
　全身でラビの肉体に触れることで、その命の熱さも筋肉の凹凸もよく分かる。服を脱ぎ捨てた上半身だけでなく、腰や脚に至るまで。
　無論、繊細でたおやかな朝陽の肢体を抱く心地良さも、余すことなくラビに伝わっていた。
「あぁ……朝陽の身体、柔らかくて温かい。それに……すごくドキドキしてるのが聞こえるよ」
「う……は、はい。ラビさんの、胸も……温かくて、ドキドキ言ってます」
　互いに教え合う、相手の胸の鼓動。それを意識して、ユニゾンする二つの心音が更に速さを増していく。
　胸いっぱいに響く鼓動に後押しされて、抱きしめた温もりを求める動きが激しくなる。内なる欲望を吐き出すかのように。
　触り心地を確かめるようにラビの手は朝陽の肢体をまさぐり、耳元で愛を囁いては首筋に吸い付いていく。
「朝陽……大好きだよ。ずっと、こうしていたい。もっと抱きしめて……たくさん、キスしたい」
「……んっ」
　ラビが三回キスする毎に、朝陽からも一回ずつ唇を寄せていく。ラビのようにたくさんの言葉やスキンシップで愛を伝えるのは苦手だが、内に秘めた想いの激しさはラビにも負けていない。
　控え目な求愛からも、ラビには朝陽の想いの全てが伝わっていた。
　背中を這う指の力が強まる度に、柔らかな花唇が首筋に触れられる度に、ラビの心臓は大きく跳ねて身体を熱くさせる。
　ラビの大きな身体の中で、一段と熱く昂ぶっている一点。朝陽も、先ほどから気が付いていた。
「……真っ赤だよ、朝陽？　どうして、こんなに顔を熱くさせてるのかな？」
「そ、それはっ……」
　答えに詰まる朝陽。顔を赤らめている理由がラビによる愛撫のせいだけなら、これほどの動揺も見せないだろう。
　朝陽の注意は、先ほどから下半身の方へと奪われていた。ズボン越しに触れ合う互いの昂りを、図らずも意識してしまっていた。
　すっかり硬くなったラビ自身が、朝陽の未成熟な部分に当たっている。ラビからの指摘で、余計にそれが気になり出す。顔中を真っ赤に染めながら、むず痒そうに腰をくねらせていく。
「ふふ……どうして、そんなに腰を動かしてるのかな？　ねぇ……何が当たっているのか、言ってみて？」
「!?　あ、あぅ……」
　そんなこと言えるはずがないといった具合に、朝陽の唇がわなわなと震え出す。寒い訳でもないのに、歯がカチカチと鳴ってしまう。
　恥ずかしさの極限――そんな様子さえ楽しむかのように、ラビはわざと腰を朝陽に押し当てて催促する。それぞれのズボンと下着と、四枚の布を隔ててラビの大きさも熱さも朝陽へと伝えて、その名前を呼ばせようとする。
「ほら……言ってごらん？　朝陽だって、これが欲しいんだろう？　その証拠に……朝陽のも、すごく硬くなってる」
　自らの昂りを押し付けて、二回りほど小さい朝陽の状態を確かめる。
　朝陽がベッドに腰を沈めて逃れようとすればするほど、ラビの腰が貪欲に追っていく。布越しなどではなく、お互いの熱い粘膜を直に擦り合わせたいと訴えるように。
「オレは、すぐにでも朝陽が欲しい。朝陽からもオレに言ってくれたら、すぐにあげるよ」
　顔を寄せて囁いてくるラビの声色も余裕が無く、吐息も熱くなっている。今すぐ朝陽が欲しくて堪らない――囁いた言葉通りの欲望を、紙一重のところで抑え込んでいた。
　そこまで自分を求めてくれていることについては、朝陽も嬉しかった。そこまで欲望を高めながら、なお無理強いしようとしない優しさを感じていた。
　それでも躊躇ってしまう一言。身体全体で迫ってくるラビに言葉ではなく心臓の鼓動で応えながら、朝陽は必死に羞恥と戦っていた。
　朝陽から欲しい一言がもらえず、けれどもどうしても欲しくて、ラビも次なる手に出る。少しだけ身体を下の方へと動かして、朝陽を抱きしめていた腕も解く。
　朝陽の白い胸に舌を這わせながら、指先は小さな昂りへと伸ばされていった。
「あっ……ふ」
　ズボンの上から形を確かめるようにラビの指先で弄ばれて、朝陽の濡れた吐息が漏れ出す。
　そんな色っぽい声をもっと聞かせてほしい。二人を隔てる布を摘まみ上げながら、自分の欲望を訴えていく。
「朝陽の硬くなってるココ……早く脱がして、直に触れたい。オレのも外に出して、朝陽と触れ合わせたい。それから……早く朝陽の中に挿れたい」
　ラビの告げる一言一言が、記憶を呼び起こすように朝陽の頭の中に確かな光景を浮かび上がらせる。
　容易く思い出しては胸を高鳴らせるのも、嫌な記憶ではない証拠。心の中では、いつでもラビを求めている。そんな自分への羞恥から、朝陽は灼ける顔を両手で覆う。
　それが拒絶のジェスチャーではないと分かっていても、朝陽からの一言がもらえない寂しさはある。最後の一押しとばかりに、声を低くする。
「朝陽は欲しくないの？　……オレに誤魔化しは効かないよ？」
　決定的な一言。これはもう、ラビからは絶対に折れてくれなさそうだ。このまま黙っていれば、朝陽からの言葉は諦めていつものように抱いてくれるかも知れないという期待は、儚く薄れていった。
　いくらラビが朝陽のことを大切に想ってくれているからといって、そんな期待は甘えすぎだし何より卑怯だ。
　それに、愛撫で感じて欲望ばかり高まっているのに最後までシてもらえないなんて、そんな生殺しの状態は朝陽だっていつまでも耐えられなかった。
「う……ラ、ラビ、さん……」
「……うん？」
　たどたどしくはあれど、何かを訴えようとしている響きにラビも手の動きを止めて耳を澄ませる。
　恋人が待っている言葉。今晩だけでなく、ずっと待たせていた言葉。朝陽の方からもラビを求める言葉を、震える声で伝えていく。
「ラ、ラビさんの……オ……オ、チン……チンが、欲しい……です」
　言い終わった瞬間、朝陽の顔が一段と熱くなる。両手で思い切り押さえ込んで、ラビの視線から逃れようとする。どれだけの恥じらいを感じているかは、ラビにも手に取るように分かった。
　母国語でなければ恥ずかしさも少しは軽減するかと思われたが、単語の意味を知っている以上、それを口にする羞恥は変わらない。
　ラビの期待に応えようとする朝陽の心と、それを成し遂げた勇気とを手放しで誉めてやりたかった。だが、それより先にラビの身体は情欲に支配される。
　恥じらうウブな様子と、朝陽の口から聞かされた淫らな言葉。初めて見る恋人の淫靡な姿を前にして、欲望を抑えることなど出来なかった。
「朝陽っ……！」
「わっ！　ラ、ラビさっ……」
　突然、ラビが朝陽の両脚を取って持ち上げた。何事かと、朝陽の心臓がドキドキとは違う意味で飛び跳ねる。
　咄嗟の事に朝陽が対応できないでいる内に、ラビは朝陽のズボンを下着ごと取り払ってしまった。腰と下着の間をツ……と伝う透明の糸が部屋のライトに照らされて、ラビの欲情は留まるところを知らないように更に膨れ上がっていく。
「朝陽……オレ、もう止められないよ。朝陽だって、オレが欲しいんだから……いいよね？」
　呼吸を荒くしながら訴えかけるラビに飲まれてしまったのか、朝陽は目をしばたかせる以外の反応を示せないでいる。
　それでも心の奥底では「止まらなくていい、です」と答えていた。
　戸惑いつつもラビへの厚い信頼が窺える琥珀色の視線。そこから無言の返事を読み取って、持ち上げたままにしていた朝陽の脚を押し広げる。
「わ、わっ……!?」
　ラビの一挙手一投足に、朝陽は一々短い悲鳴を上げる。今度は何をされたのだろうか。自分の体勢の変化を、混乱する頭で必死に理解しようと努める。
　仰向けに寝そべったまま、腰を折り曲げて爪先を頭の上にまで持っていかれている。自然と腰を突き上げた姿勢となってしまい、僅かに開いた蕾をラビへと見せつけている。
「キレイだよ……朝陽」
「……っ！」
　いつもの暗がりではなく、電気を点けたままということを朝陽も今一度意識した。普段は閉じられている秘密の入り口が、両脚を広げた体勢の為に開きつつある。
　ラビに自分の中を見られてしまうことに、朝陽の羞恥も昇り詰める。
「ヤっ……見ないでっ……ラビさ――」
　抗議の言葉が言い終わる前に、ラビの唇が蕾へと吸い付いてくる。一瞬、朝陽の息が止まる。柔らかく敏感な箇所を強く吸われて、痺れる電気が身体の芯を駆け抜けていった。
　その衝撃に身を強張らせたのも一瞬。秘部から脳へと与えられる快楽が、身体から一気に力を奪っていく。ふにゃっ、と朝陽の脚が垂れ下がると、蕾もますます開いてラビを受け入れていく。
　それに応えるかのように、ラビは迷うことなく舌を差し入れていった。
「あっ……はぁっ……ふぁぁ……」
　柔らかな秘肉を掻き分けるラビの舌遣いによって、朝陽の中はどんどん解きほぐされ熱を帯びていく。差し込んだ舌から分泌される温かな雫が、中を潤して濡れた音を響かせる。
　その音に混じって聞こえてくる、悲鳴にも似た朝陽の甘い声――それがラビの胸には心地良く、もっと悦ばせたいという気持ちが湧いてくる。襞の一本一本まで丁寧に舐めてやり、知り尽くした朝陽の感じる箇所を責め続ける。
　先端を濡らした果実の方も放ってはおかない。手の平で優しく包み込んで、ゆっくりゆっくりと扱いていく。
「あ、んっ……っ……あぁん！」
　外側と内側、位置的に近い箇所を同時に責め立てる摩擦に朝陽の声が上がる。それぞれの自室に戻ったメンバーが、何かの用事で廊下に出たら聞かれてしまうかもしれない。
　そんなことになど気が回らないくらい、朝陽の思考は下半身の快楽に浸食されていた。大人しい朝陽が、自分では制御できないほど大きな声で鳴く声に、ラビの興奮も加速の一途を辿る。
「あぁっ！　はぁ……あんっ！　ラ……ビさぁん」
　ノドが嗄れるくらいに叫ぶ喘ぎ声の合間に、愛しい名前を呼んで手を伸ばす。不安定なこの姿勢、しがみ付ける物が無いと快感の波に飲み込まれて意識を手放してしまいそうだった。
　乞われるまま、朝陽の手を取るラビ。細い指に自らの指を絡ませると、朝陽の方からしっかりと握ってきた。
「大丈夫……何も怖くないから、そのまま握っていて」
「は、はい……っ」
　この後、舌ではなく朝陽が欲しがっていた物を侵入させるのだ。その時に朝陽を襲う感覚は、きっと今の比では無いだろう。
　その快楽に耐えられるよう、ラビの手にギュッとしがみ付く。ラビも、自分が朝陽を支えていることを示すように強く握り返す。
　片手は朝陽の手を握ったまま、もう片方の手で突き上げられた朝陽の腰を掴む。これから侵入を試みようとしている箇所は、ラビの愛撫によって入口を開いてひくつかせていた。
　その細かな動きと、てらてらと光る様子が早く早くとせがんでいるように見える。ゴクリ、と唾を飲み込んで大きくそそり立ったラビ自身をあてがう。
　ラビにとっても初めての体位とあって、なかなか上手く入らない。何度か先端を滑らせながら、角度を変えて試してみる。
　ラビの先端から零れた先走りが、入口を更に濡らしていく。柔らかな箇所ばかりを擦られて、朝陽は堪え切れないといった具合に悶え出した。
「あん……あぁん……ラ、ラビさん……っ、早くぅ……」
「う、うんっ……」
　恐らく無意識なのだろう。朝陽の方から初めて催促をされた。急かされたことで、それだけ朝陽が自分を強く求めていることを意識する。
　これ以上待たせてはいけないと、ラビも気を持つ。繋いだままの手で朝陽の脚をしっかりと押さえ、あてがった先端をやや強引に挿し込んでいく。
「うっ……あっ、あぁぁ……！」
　呻くような二つの声が重なる。ほとんど真上から挿入される、味わったことのない感覚――中の壁がめくられると錯覚するほどの刺激に、朝陽は歯を噛んで悶えた。
　新鮮な刺激を味わっているのは、ラビも同じ。真上から腰を沈めていくと、重力に従うかのように自分自身がどんどんと飲み込まれていく感覚に酔う。
「くっ……うぅ」
　宙に浮いた朝陽の腰と、自分の腰とを密着させていく。自然と上体が前のめりになって、空いている方の手をシーツの上につく。
　もう少し頑張れば、また朝陽とキスが出来るぐらいの距離。しかし、これ以上身体を折り曲げると繋がった朝陽の腰に負担が掛かりそうだ。
　ラビが躊躇っていると、薄目を開けて様子を窺っていた朝陽の方から動きを見せた。懸命に首を伸ばして、ラビの唇を求めてくる。
「朝陽……！」
　求められるまま、愛しい花唇をついばむ。交じり合う吐息――それと同じくらい、繋がった熱い部分を擦り合わせていく。
「朝陽っ……朝陽っ！」
「ああぁ、んっ……ラビさん！　ラビさぁん！」
　真上から抜き差しを繰り返して、粘膜の熱を上昇させていく。触れては離れ、また求め合う唇と唇の間で互いを呼ぶ声が木霊する。
　湿った摩擦が生み出す快楽に、また忘れそうになっていた。あまり強く突き続けると、朝陽が辛そうなこの体勢。それに、ラビの方も疲労が早かった。
　ぐっと朝陽の腰を掴み、秘部を繋ぎ合わせたまま後ろへと体重を掛ける。ラビがシーツの上に腰を落とすと、朝陽の上体も勢いよく起き上がってラビの胸に抱えられた。
「この姿勢なら……朝陽も、動けるよね？　いいよ……朝陽の好きなように、動いて」
　さっきまでとは反対に、真下から挿し入れたラビ自身の上に朝陽の腰がある状態。ラビが下から突き上げることも出来るが、それよりも朝陽の意思で動いてほしかった。
　空いていた方の手も朝陽と繋ぐ。これなら朝陽が激しく動いたとしても、ラビがしっかりと支えてくれそうだ。
　自分から腰を動かす――ものすごく恥ずかしい行為だが、既に侵入したラビ自身が朝陽の感じる部分を内側から圧迫してくる。躊躇う朝陽の思いとは正反対に、下半身はもっと強い刺激を求めてしまう。
「ん、んっ！　……んぁ、あっ……あぁっ！」
　ラビの手を必死に握り締めながら、ゆっくりゆっくりと腰を上下に動かしていく。控え目な朝陽が自分から快感を求めてくれた喜びに、ラビは挿入した自分自身を更に硬く大きくさせた。
「あぁん！　あん、あんっ……ラ、ラビさんっ」
　ラビが膨らんでいくことに、朝陽もまた喜びを感じる。肉体的な快楽だけに留まらず、心の底から喜んでいた。
　大人しく、恋人に対しても遠慮しがちな朝陽。それでも、真の想いはラビと対等であること。自分からは何もせず、ただラビから愛されるだけの行為に耐えられる訳ではない。
　ラビが愛してくれるように、ラビのことも愛したい――それが、内気な心に秘めた願い。
　自分の身体でラビを悦ばせてあげたいから。ラビと一緒に気持ちよくなりたいから。そういった健気な想いが、ラビの上で腰を弾ませる動きを速く激しくさせていく。
「あぁっ！　ラビ、さんっ……オレ……気持ち、よすぎてっ……っ……と、止まらない！」
「うん……っ……オレも、だっ……朝陽、イイよ……朝陽っ！」
　朝陽の動きに合わせて、ラビも猛る自分自身を突き上げていく。ラビの大きなモノに突かれる度、朝陽は飛び上がるように身体を跳ねさせる。
　限界を知らないくらい朝陽の中はどんどんと熱くなり、どんどんと湿り気を増していく。その熱さを求めて、滑りのよくなる襞に促されて、ラビも留まることなく動きを加速させる。
「朝陽……朝陽っ、朝陽……！」
「ラビ、さ……ラビ、さんっ……ああっ、ラビさん！」
　朝陽の中を満たしてやろうと、充血してそそり立つラビ自身。朝陽もまた、触られてもいないのに自分自身を天井に向かって硬くさせていた。
　どちらも、もう余裕が無さそうだ。快楽を共有している為か、相手の身体の状態は自分のよりもよく分かって、互いに相手の絶頂を促そうと神経を集中させる。
　ラビは滾ったモノを尖らせて朝陽の感じる部分を擦り上げ、朝陽は中をキュッと狭めてラビ自身を絞り上げる。
「くぅ……っ！　朝陽っ、もうオレ……だ、出すよ！」
「は、はい！　オレの……中で……っ、イッて……くださいっ！」
　朝陽の灼ける肉壁が、ラビを一段と締め付ける。一瞬、息を詰まらせるラビ。それと同時に、ありったけの精液を放出する。
「はぁっ……オ、オレ、も……ああ、あぁぁ……ん！」
　自分の中が奥までラビの愛で満たされていく。それに反応するかのように、朝陽も全身を震わせながら白濁を飛び散らせる。
　全てを出し切ると、ラビの手を繋ぐ指から力が抜けていく。腰もラビを締め上げるのを止めて、ペタンと下ろしてしまう。
　激しい運動による疲労が一気に襲い掛かったのか、崩れ落ちるように背中を丸める朝陽。繋いでいた手を優しく解いて、朝陽の汗ばむ背中をラビが抱き寄せる。
「……頑張ったね。……オレの胸で、休んでいいよ」
　ラビと朝陽とでは、体格差も体力差もあり過ぎる。それでもラビと釣り合う関係になれるように、ラビを満足させられるようにと懸命に頑張ってくれる。
　いじらしいほどに愛らしい。そんなところも含めて自慢の恋人だけれど、そんな姿は誰にも見せたくない。
　この世の中で唯一人、自分だけが知っていればいい。
　朝陽を独り占め出来る満足感を胸に抱いて、乱れた髪の毛に静かなキスをする。
　湿った白い肌は、ライトの光に照らされて未だ艶めかしくラビを誘う。欲望を吐き出したばかりだというのに、ラビは挿入したままの自分自身が衰えることなく勃ち続けているのを感じていた。
　もっと、もっと朝陽を味わいたい。自慢の恋人の心と身体を、余すこと無く自分のものにしたい。
　けれど、今は少し休憩が必要だ。体力も精力も有り余っているラビではなく、ぐったりとしている朝陽を休ませなくてはならない。
「……抜くよ、朝陽」
　楽にしてやろうと、突き刺したままのラビ自身を引き抜く。あれだけ激しく突いた為か、柔らかな蕾はラビの形となって口を開けている。開いた深淵から、ドロリとした白濁が零れ出す。
　こんなに搾られていたのか、とラビも少し苦笑い。枕元に置いてある箱から無造作にティッシュを取り出して、次から次へと溢れ出る精液を拭き取る。
　それから朝陽の前も後ろも優しく丁寧に拭っていき、最後にラビ自身も綺麗にする。
　身体を拭いてもらっている最中、朝陽はラビの胸に寄り掛かって、されるがままの状態。無理をさせ過ぎたかとラビが「朝陽」と呼び掛ける声にも、息が整わずに返事を出来ないでいる。
　力無く、重力に身を任せる朝陽。気を失ってこそいないものの、体力の消耗は相当なものだ。行為の最中とは異なり、ラビに応じることもままならない。たくましい恋人の首に、軽く腕を回すのが精一杯だった。
　それだけで十分、朝陽の気持ちは伝わった。そのまま自分に身体を預けてくれるよう、背中をポンポンと叩いてゆっくり立ち上がる。
「シャワー、浴びにいこうか。オレが連れてってあげるから、楽にしてて」
　応えるようにして、朝陽の腕がラビの首に縋り付く。しっとりとした肌や髪から立ち上る、朝陽本来の甘い香りと湿った汗の匂い。ほっそりとした四肢と、腰の辺りだけ丸みを帯びた生まれたままの姿。
　誰の目にも触れさせたくない。誰の手にも渡したくない。広げた翼で包み込むような想いで、朝陽を抱きかかえる。
　二人とも、裸のままで廊下に出る。汗で濡れた肌が少しだけ冷えたような気がして、抱え上げた朝陽の身体をラビが自身の胸へと引き寄せる。
「……あったかい……です」
　未だ疲れ果てた様子ながらも、傍に感じるラビの温もりに朝陽が息をつく。そのたった一言に、ラビは胸を熱くさせる。
　もっと朝陽を愛したい――誰にも打ち明けられない関係ならば、その分、一途に深く愛したい。
　もっと朝陽から愛されたい――今以上に自慢したくなるように、懸命に健気に強く愛されたい。
　二人の長い夜は始まったばかり。シャワーで汗と疲労を洗い流したら、もう一度ベッドに戻って楽しむつもりだ。
　ラビの胸の熱さと高鳴りから何かを感じ取ったのか、朝陽がクスリと笑う。まるで、この後の展開を期待しているかのように。
　二人の想いは同じ。再び身体を繋げて愛し合いたい。逸る気持ちを何とか抑えて、他の三人に気付かれないよう、息を殺して浴室を目指した。

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