「ラビさん……オレ、ラビさんのことが好きです。この世の誰よりも……いいえ、この世でただ一人……ラビさんだけを愛してます」
　二人きりで過ごす幾度目かの夜。この日は初めて、朝陽の方から誘ってきた。朝陽の方からラビに声を掛け、朝陽の寝室へと招いた。
　互いの心も身体も分け合った、気が置けないという言葉以上に親密な恋人同士。二人きりの密室で向き合うことなど慣れっこのはずなのに、ラビもやや緊張した面持ちで朝陽を見つめていた。
　初めての朝陽からのお誘い。朝陽の口から聞かされる、深い深い愛の言葉。
　それを黙って聞きながら、ラビは今の関係の始まりを思い出していた。
（そういえば、あの時も――）
　二人が交際を始めたきっかけは、意外なことに朝陽からの告白だった。奥手でウブな朝陽の方から、自身の想いをラビへと打ち明けたのだ。
　今思えば、それほど不思議でもなかったのかもしれない。朝陽がきっかけを与えてくれなかったら、ラビはいつまでたっても朝陽との関係を発展させずにいた事だろう。
　それも全ては朝陽を愛するが故。朝陽のことを思いやり過ぎる為に、ラビは朝陽への告白を先延ばしにしてしまっていた。
　その思いやりが仇になっているとも知らずに。ラビが自身の愛に対して沈黙を貫いている為に、朝陽の心を不安という名の暗闇が徐々に徐々に蝕んでいっていることなど露知らず。
　ある時、ふいに朝陽のタガが外れた。秘めていた想いを爆発させ、自身の悩みや苦しみをぶちまけてしまった。
　ラビとの永遠の別れさえ引き起こしかねない衝動。それが逆に、ラビの決心を突き動かした。想いの全てを打ち明けてくれた朝陽に、自分も全てを曝け出すべきだと思った。
　肝心なところで足踏みを繰り返してきたラビ。そのラビの背中を押したのは、ラビが守りたいと願い続けてきた小さな少年だった。小さな身体に大きな勇気を秘めた少年の言葉に、ラビは最後の勇気をもらったのだ。
　――朝陽は、本当は強い子なんだよ。
　ずっと朝陽に言い聞かせてきた言葉を、こんな形で思い知らされるとは。元より愛情深いラビだから、決心さえつけば後の行動は早かった。朝陽の想いに対して真摯な態度で応え、朝陽との永遠の愛を誓った。
（……あれから、もう一年になるのか）
　一年前、朝陽と出会ってまだ日も浅かった。当時は、朝陽への恋心を口にするなど夢のまた夢だと考えるほどに弱かった。その弱さを克服できた日から、自分はどれくらい成長できたのだろうかとラビは思う。
　今、ラビへの真剣な想いを改めて告げてくれた朝陽の顔を、まっすぐに見つめてみる。この小さな少年も、出会った頃に比べて随分と強く大きくなったと心の中で感嘆する。
　見た目にはまるで変っていなくとも、その胸の内は明らかな変化を迎えていた。一年を通して朝陽の傍で見続けてきたラビだから分かる。
　そして朝陽の成長に合わせて、ラビ自身の心もまた強くなっていることを実感していた。
　隣で成長していく恋人と、歩みを揃えて未来へ進む。二人で踏み出す一歩一歩が、二人で残してきた足跡の一つ一つが、ラビと朝陽の愛を支えていた。
　互いに一方向で、幼くも激しい恋だった。やがて結ばれ日を重ね、次第に移り変わる二人の想い。互いに合わせ、互いを支えていくごとに成熟していく二人の愛。
　ラビと朝陽の成長とは、正しく恋人として添い遂げていく途上のことだった。
　巡り逢ったその日から、互いに恋に落ちていた。秘めていた想いを互いに打ち明け、瞬く間に過ぎた一年間。一生を共にすることを思えば、ほんの一瞬に過ぎない十二か月。
　それでも、二人にとっては大切な記念日。ようやく迎えた一周年。二人が付き合い始めて、今日で丸一年――交際期間ちょうど一年を迎えた特別な夜だった。
「……や、やっぱり……恥ずかしい、ですね」
　告白を終えて、はにかみながら朝陽が俯く。目を伏せ、頬を紅潮させ、両手は正座した膝の上にぴったりと並べている。
　彼がよく見せる怯え癖と異なるのは、満足そうに口の端を上げていること。ラビへの誠実な想いを、きちんと伝えたことに自然と笑みが零れていた。
　そんな朝陽の心と表情を誤解無く受け取って、ラビも幸せそうに相好を崩す。その笑顔は、彼が仲間内でよく見せる労りと包容力を浮かべたものよりずっと深い意味を持っていた。
　一年前に想いを告げた時よりも、今宵はずっと静かであった。穏やかな気持ちと口調で、はっきりと自身の想いを口にした。
　けれども、その愛情の深さは一年前とは比べ物にならない。片想いの時よりも、二人で築いてきた恋心は何倍も熱く燃え盛っていた。
　勢いに任せて口をついて出た幼い愛は、一年を経て大きく深く成長を遂げていた。その成長の証として、改めての朝陽からの告白。彼と共に一年を歩んできたラビの心にも、同じ言葉が浮かんでいた。
「ありがとう、朝陽。オレからも言わせてもらうよ。オレも朝陽のことが、世界で一番好きだ。これまでも、そしてこれからも……朝陽ただ一人を愛し続けていく」
　返事をするラビの口調もまた穏やかで、それでいて一途な愛に満ちていた。
　朝陽の小さな肩に手を添えて、俯いた顔を下から覗き込む。ラビと目が合うと、朝陽もくすぐったそうに笑い出す。
　額をくっつけ合い、より近くで視線を合わせる。あんなに照れ屋な朝陽が、目睫の間でまっすぐと見返してくる。
　ラビが植え付けた自信。ラビが相手の時だけは、普段よりも自信が表情に出ていた。
　ラビが愛してくれているという自信。ラビのことを愛しているという自信。胸を張ってラビの恋人だと言える自信が瞳の奥からも窺える。
　朝陽の想いが手に取るように分かって、ラビも鼻が高い。出会った当初は何かにつけて怯え、常にラビの背中に身を隠していた朝陽――その朝陽が、目に見えて成長を遂げた姿を見れるのが嬉しかった。
　朝陽の成長に、自分が大きく貢献できたことが堪らなく嬉しかった。
　胸の奥から込み上げてくる喜びを抑えられず、ラビが目の前の紅い唇をついばむ。
　一瞬、チュッと触れるだけのキス。朝陽の目が幸せそうに細められ、それを見つめるラビの瞳もまた同様に。
　二度、三度と繰り返しキスをする。重ねる度に触れ合う時間は長くなり、やがて深い口づけへと変わっていく。
「ん……ふっ」
　甘い吐息が鼻孔をくすぐる。その温かさを互いに感じるほど、二人とも相手の首に腕を回して口唇で交わす愛に興じていた。
　ふっくらとした柔らかさを感じながら、舌の先で熱を感じる。互いに伸ばした赤い舌を絡め合い、それぞれの口内に水音を響き渡らせる。
　舌先で味わう熱と感触が、耳に聞こえてくる響きが、二人の興奮を加速させていく。頭の中が蕩けてしまうほど、身体は内側から熱く滾っていく。
　口唇という原始的な快楽は二人の秘部に直接届けられ、触れ合わずとも燃えるような昂りを見せていた。
　早く欲しい――二人同時に願い、同時に相手の考えを見抜く。示し合わせたかのように相手の服に手を掛けて、生まれたままの姿を晒していく。
　これからラビが朝陽の身体を抱くことに、一々同意を求める必要も無かった。言葉にせずとも分かる――朝陽もラビに抱かれたがっていると。
　ギシッと鳴るベッドのスプリング。二人分の体重を受け止めたのは、これが初めてだ。
　背中に感じるクッションも、見上げるラビの裸体も、朝陽にとっては慣れ親しんだもののはず。それなのに、その二つが合わさるという新鮮な感覚に胸が激しく高鳴っていた。
　己の全てをラビに委ねて、その身を曝け出す朝陽。これから自分の身体をラビの色に染め上げてくれる、彼の肉体を黙して見つめる。
　自身の愛と肉体を朝陽に与えようと、その身に覆い被さるラビ。これから刻印していく真っ白な心と身体を、間近から捉えて舌なめずりする。
　体格の差はあれども、その造りは二人とも同じ。凹凸の少ない胸部も下腹部の突起も同一の人体。同一の性。
　自然界の掟に従うのであれば、交わり愛を営むことなど無い男と男の身体。露出した相手の肌から改めてそれを認識し、その上でなお欲しいと思ってしまう。
「ラビさんと出会うまでは、オレ……自分が男の人を好きになるなんて思わなかった、です。今でも、そう……オレはたぶん、男しか愛せないという訳じゃないんだと思う。けど、女の人に恋した経験も無いですし、それはきっと……オレがこの世で愛せるのはラビさんだけだから、オレは今まで恋というものを知らなかったんだと思います」
　身体を重ねる仲になってから一年間、常に朝陽の中にあった答えを改めて口にする。それは一字一句違えることなく、三六五日ラビと共にあった答えと等しい。
「……オレも同じだよ。例え朝陽の前に誰と出会っていたとしても、こんなに愛しい想いは得られなかった。こんなに……一生を捧げるほどの想いをオレに抱かせてくれたのも、全ては朝陽だからだ。黎朝陽という存在が、オレの人生には必要だったんだ。だから、例え朝陽が女の子だったとしてもオレは君に恋してたよ」
　朝陽が頭の中で幾度も繰り返してきたラビから欲しい返事を、ラビが一字一句たりとも違わずに言ってくれる。
　例え肉体は別々の個体であろうとも、二人の心と心は常に重なって離れない。相手が何を考え、何を欲しているのか――意識せずとも分かり合えていた。
　内なる心と同じように、肉体も一つになろう。
　若い恋人同士だ。この一年間で、どれだけ愛し合ったことか。自分の意思では決して動かないはずの相手の肉体、その隅々まで理解できるほどに関係を結んできた。
　どうすればラビが挿入しやすいか、どうすれば朝陽の苦痛が少ないか、とっくに熟知した仲だ。愛する相手を思いやって、積極的に身体を動かしていく。
　それでも心の方は、いつまでも変わらない。初めての夜に味わった緊張と恥じらいと、そして深い幸福感。それらを忘れることなく宿しては、馴染みの行為に胸をときめかせる。
　大きな身体に見合った、同年代と比べても大きなラビの一物。細く小さな朝陽の身体には、とても収まりそうには見えない。
　だからこそ、朝陽の秘所は広がりを見せて蠢いて中へと誘う。愛しい人との一体を成し遂げる為に。
　まるで、そこに挿入されるのが初めから当たり前であったかのように、今ではすんなりとラビ全体を飲み込んでしまう。
　朝陽の中が、ラビを締め付けて取り込もうとする。同時にラビの昂りが、朝陽の中を鋭く抉っていく。
　繋がった箇所が灼けるほどに熱を発して、触れ合う粘膜を融かして一つにしようとする。
　まとわりつく肉と肉。二つの肉体の睦み合い。ラビの猛る性器が、本来は生殖を行うことのない部分に嵌められている。
　自然の法則に逆らう行為――それを不自然なことだとは少しも思わず、二人は互いの愛を確かめ合う。
　男と男が寝所を共にする。ラビと朝陽は、そこに何を求めているのだろうか。
　男女の性行為は、子孫を残す為に行われる。それは、生命としての本能によるものだ。
　では、男同士の交渉は何によるものなのか。単に快楽を得ることだけが目的なのだろうか。
　男女の間であっても、一時の快楽を求めて身体を触れ合わせることはある。生殖を目的としない同性愛であれば、尚更ということなのか。
　ラビと朝陽の場合は違う。
　二人が求めるのは、刹那的な快楽などではない。一生、心に刻まれるほどの幸福。真の愛情。
　身体を重ねることで、互いの愛をより身近に感じられる。ラビと朝陽は、そのことを知っていた。そのことを求めて、自分の身を相手に任せていった。
　他人との関わりに、拳で応えてきたラビ――。
　他人を恐れて、逃げ続けてきた朝陽――。
　そんな二人が、心が命じるまま素直に愛情を向けられる相手を得られた。この人にだけは、自分の全てを明け渡したい――そんな風に思える唯一の存在、永遠の伴侶を得ていた。
　相手のことを知るごとに、また一つ恋するところが見つかっていく。恋人が過去を後悔して泣くのなら、自分が代わりに赦してあげる。
　一つずつ、自分の大事な部分を相手の心にしまっていく。恋人の人生の重荷を、半分ずつ背負っていく。
　並行していた二つの道は交差を重ね、今では一本の道を二人で歩んでいた。
　二度と離れはしない、二人の運命。溶け合い、一つになる心と心。それと同じく、分かたれた身体と身体を繋げ合う。
　肉体に伝わる相手の熱と鼓動が、心の中にまで沁み渡っていった。
「っ……オレ、ラビさんのこと……大好き、ですっ」
「あぁ……オレもだ。朝陽のことが、一生……大好きだよ」
　大好きな人に愛を与える喜びを知り、相手の愛を確かめられる幸せを分け合っていく。心の快楽を求めて交わされる、夜の一時。
　一年間の積み重ねであり、また次の一年へ向けての始まりでもある。その大切な一夜の情事に、二人の恋心は燃え上がっていった。



　汗ばむ肌、乱れる息。一度目の絶頂を迎えて、ラビは自身を挿入したままの状態で腕の中の朝陽を強く抱きしめた。
　朝陽もラビに応えて、細い腕に力を込める。ラビより先に果てていた幼い秘部は、二人の間で痙攣を繰り返している。ラビの硬い腹部に押されると、熱い迸りをラビの身体に塗り付けていった。
「はぁ……はぁ……ラ、ラビさん……オレ、とっても気持ち良かった、です」
「うん……朝陽の中、気持ち良すぎて……もうちょっと、こうしていたいな」
　言わずもがな朝陽もラビ自身を引き抜いてほしくないと、両脚でラビの腰を抱え込む。全部出し切るまで離したりしない。そんな意思が感じられるくらい、ラビの腰を締め上げた。
　とは言え、その力はとても弱い。体力に自信のあるラビは、一回の絶頂だけではまだ余裕が残っている。けれども華奢な朝陽の方は、回復まで時間が掛かりそうだ。
　まだ若く、それでいて経験も重ねてきた二人。一度きりでは物足りない。夜は長く、この後もまだまだ愛し合うつもりでいる。
　二回戦目に突入する前に、まずは身体を休めよう。ラビも抱き締める力を少しだけ緩めると、優しい愛撫を始めていく。
　繋いだ粘膜で楽しむばかりが夜の営みではない。自らの指先で愛しい人の髪や、濡れた肌に触れていく。子猫の戯れにも似た行為に、くすぐったがる相手の反応が愛おしい。
　見つめ合い、囁き合い、口づけし合う。それだけで心は満たされ、相手への想いが高まっていく。
　欲望に駆られて抱いた訳ではない証拠。本当に欲しいのは肉体ではなく、精神的な結び付き。
　だからこそ、ラビも朝陽の復活を待つだけの余裕を持てる。同時に朝陽もラビへの謝罪を口にすることなく、穏やかなインターバルを過ごせる。
　安らかな時の流れ。次第に汗は引き、息も整っていく。それに合わせて朝陽の中に嵌め込んだラビ自身も――まだ朝陽のと比べて遥かに大きいながら――少しずつ縮まっていく。
　硬さの残っている内に、ゆっくりと朝陽の中から昂りを引き抜くラビ。注ぎ込んだ白濁が、赤い秘肉からとろりと流れ出る様子に唾を飲む。
　シーツを汚す前にティッシュで受け止めようと考えたところで、朝陽が先に動きを見せた。細長い両手の指を伸ばして、自らの秘所へとあてがう。
「や……出ちゃ、ダメ。ラビさんの……」
　自身の中から溢れ出たラビの精液を、零しては惜しいと指先に絡める。白く汚れた両手を掲げれば、指と指の間には糸が引き、大量のスペルマが手の平を伝って流れていく。
　ラビに注いでもらった、彼の愛情の結晶。それをもう一度体内に取り込もうと、手首に顎を付けて待ち構える。
　ズルリ、という音が小さく響く。指先から流れ落ちた白濁が、朝陽の紅い花弁に吸い込まれていく音。続けてコクリと朝陽の喉が鳴り、ラビもまた一つ生唾を飲み込む。
　残った飛沫も余すことなく飲み干そうと、自身の指までしゃぶり出す朝陽。これが、か弱いほどに照れ屋だった朝陽に出来ることなのか。
　間違いなく、そうさせたのはラビであり、ラビが相手だから朝陽もここまでしようという思いに至った。
　少しの躊躇いも無く見せつける朝陽の淫らな行為。ラビも、熱したハンマーで心臓を殴りつけられたかのような衝撃を覚える。
　絶頂を迎えたはずの情欲は、再び昂りを見せて硬くなる。上を向いてそそり立っていくごとに、先端から新たな露が零れ出す。
　それをラビが自分の指で掬い取る。白く染まった指先を朝陽の口へと持っていき、クスリと笑ってみせる。
「……そんなに飲みたいの？　オレのミルク」
「ん……」
　からかうような言い方に、朝陽も自分の行為の卑猥さを意識して頬を染める。
　それでも否定はしない。鼻をつくラビの匂いに誘われて、恥ずかしがりながらも口を開ける。
「ふ……いい子だね」
　朝陽の小さな顎に手を添えて、ゆっくりと指を挿入していく。
　ふと目に付く、綺麗な歯並び。小動物のそれを思わせる、小さく整列した朝陽の白い前歯。ラビの中に、奇妙なイタズラ心が芽生えた。
「あ……ん？」
　口の中でラビの指が動く。予想とは異なるその動きに、朝陽が戸惑いの吐息を漏らす。
　てっきり舌の上に乗せてきて、ラビの指ごと味わわせてくれるかと思ったのに、そうではないようだ。
　口内という死角で何をされているのだろうか。口を開けたままでは、疑問の言葉さえ上手く喋れない。
「……綺麗だね、朝陽の白い歯。もっと白く……オレ色にしてあげるよ」
　朝陽の口を開かせたまま、指先に付着した飛沫を朝陽の前歯へと塗り付けていく。
　恋人同士、お互いの身体は隅々まで知り尽くしたつもりでいたが、つるつるとした小さな凹凸の羅列に触れるのは初めてだった。その感触をじっくり味わいながら、ラビの身体から分泌された愛液を擦り付ける。
（我ながら、アブナイ趣味をしてるな……）
　変態的だと思いながらも、どこか支配欲が満たされるこの行為。ラビの胸と下半身を騒ぎ立てる、快楽と興奮の波。
　何も言わずとも、朝陽も同じ熱を共有していた。
　朝陽もまた、ラビに支配されることに悦びを見出し、ラビの行為を甘んじて受け入れる。より深く潜ってくるラビの指に犯されることが、この上無く幸せだと感じていた。
　歯の裏から天井までくすぐられ、ふわふわとした快楽に朝陽が身体を小刻みに震わせる。元より一回戦終えたことで弱っていた腰が、完全に砕けてしまったようだ。
「ん、ぁ……ぁ」
　口を開きっぱなしにしている為か、それとも不安定な足腰のせいか。赤ん坊がむずかるように、声にならない声で何かを訴え続ける朝陽。
　ラビの耳には、はっきりと朝陽の言葉が伝わっていた。必死に呼び続ける「ラビさん」という声が、頭の中に響き渡っていた。
　ラビに口内を苛められている内に、朝陽の口の端からは唾液が零れ出していった。そこでラビも指を引き抜いて、溢れた透明の液を綺麗に拭う。
　朝陽の唾液でまみれた指先。それをラビは躊躇うことなく自らの口へと含んで、甘露のように味わった。
「ふふ……美味しい」
　舌の上にまとわりつく朝陽の味。キスだけでは味わい尽くせない深奥までも自分の物にして、ラビが妖艶に微笑む。
　そんな表情を間近で見せられた上に、舐め取った朝陽の味の評価まで聞かされる。普段の朝陽であれば、恥ずかしさで顔を伏せてしまいたくなるところだ。
　それが、今晩はどうだろうか。
　確かに顔から火が出るほどの火照りを感じる。だからといって琥珀色の目は愛しい人から決して離されることなく、ただジッと見つめては胸の高鳴りを速めていく。
　ラビが味覚で朝陽を感じているように、朝陽もまたラビの風味に酔っていた。
　歯の一本一本に丹念に染み込まれた官能的な味が、息を吸うたびに鼻腔を通って脳を刺激する。口の中にいつまでも残るラビの匂いが、朝陽を醒めない夢の中へと閉じ込めていた。
　ぼんやりと見つめれば、そこには安らぎの微笑みを浮かべるラビがいる。その唇が妖しく光っている。淫靡な匂いが漂う自らの唇をそこへ寄せたいと、朝陽の方からラビに口づける。
「んっ……」
　触れ合う唇を通して、朝陽の甘い声がラビの頭に突き刺さる。ラビが僅かに口を開けば朝陽も同じよう口を開け、二人の熱い吐息が溶け合っていく。
　胸をときめかせるだけの初々しいキスではない。相手を悦ばせ、自らも欲望を猛らせる肉感的なキス。ラビの熱い舌が朝陽を求めて動き出すと、朝陽は更に唇を開いて受け入れようとする。
　熱く蠢く紅い舌。まるで獣の様に、二つの舌が激しく絡み合う。
「んっ、ん……はぁ」
　ぴちゃぴちゃと水が跳ねるような音が二人の口の中で響く。混ざり合った二人の味は、ますます脳を刺激する。朝陽も我を忘れたかのように、侵入してきたラビの舌を貪った。
　もしも以前の朝陽が、今の様子を客観的に眺めたらどう感じるだろうか。自分の中に眠っていた淫らな感情に怯え、嫌悪するだろうか。
　だが、そんな朝陽の想いを引き出したのがラビだと分かればどうだろう。
　恋い焦がれるラビが相手であれば、恥ずかしくとも勇気を出そうという気になってくる。それは付き合い始めた頃から変わらない。
　臆病な朝陽が、ほんの少しだけ積極的になれる相手。心から愛する人に捧げるのであれば、どんな姿であろうと見せられる。
　指先で白い肌に触れてみれば、心の奥まで温めてくれる優しさを感じる。豊かな髪の毛に頬を寄せてみれば、かぐわしい香りにいつでも胸が高鳴る。
　身体全体でラビに触れ、そして触れてもらえる。ラビの身体中の匂いを嗅ぎ、朝陽の内も外も味わってもらえる。
　心も身体もラビに包み込んでもらえているこの実感が、朝陽にとって何より幸せであった。
　その幸せを分け合うように、再び身体を繋ぎ合わせていく二人。片時も離れていたくないと願う想いそのままに、互いの温もりを求めて抱き締め合った。



　しんしんと夜が更けゆく。凍てついた月の光が窓から射し込もうとも、ラビと朝陽が相手の熱を忘れることはなかった。
　夜が深まるにつれて、二人の熱気はいよいよ高まっていく。湿った肌から立ち上る汗の匂いに酔いしれて、切れ目なく愛の言葉を囁き続ける。
「ラビ、さん……好き。ずっと……愛して、ます」
　ラビの厚い胸板に手を置いて、首筋の柔らかい箇所に口づける。ラビの熱い鼓動を受け取るごとに、朝陽は頬を染めて幸福の微笑を湛える。
「朝陽……ずっと、大好きだ。一生、朝陽だけを愛してる」
　細身ながらも丸みのある身体を抱き寄せて、汗ばむ背中と髪とを優しく撫でる。両腕の中で脈打つ朝陽の温もりが、ラビの胸にこの上ない歓喜を生み出し育んでいく。
　激しい交わりだけが愛情を確かめ合う術ではない。こうして肌に触れ、匂いを嗅ぐだけで幸せな気分になれる。穏やかな心のまま、強い絆で結ばれた互いの愛を感じられる。
　行為が終わった後も気持ちが醒めることは無く、むしろ一層燃え盛っていく情熱が胸を支配していた。その煌めきが照らし出す未来を見据えながら、二人は同じ確信を抱く。
（オレたちの愛は、決して途切れることはない）
　世に溢れた普通の男女の恋とは違うから――禁じられた関係ゆえの真剣さが二人にはある。
　いや、例え公に認められた関係であったとしても、二人の想いが変わることはなかったであろう。
　二人の関係を支えているのは、恋する男女の間で見られるような感情だけではない。愛情という一つの想いだけには留まらない。
　永遠に続く強い絆を根本から支えているもの。それは、親友という関係。男同士の間でありふれた友情という言葉だ。
　出逢った時から、二人は互いの間に親愛なる友情を感じていた。顔を合わせる以前から、二人の間には揺るぎない友情が芽生えていた。
　二人の関係の始まり。今、二人が育んでいる愛情も、全ての基となっているのは友達としての触れ合いだった。
　日々を重ねるごとに、両者の心には友達に向ける以上の感情が足されていった。より相手のことを知り、より相手のことを思いやっていく内に増えていく大切な思い出と約束。
　友情という二人の始まりの上に築かれていく神聖な想い。相手に対する尊敬と信頼。それがあるから、誰に対するよりも優しくなれる。恋する勇気を持つことが出来る。
　そういった一途で清らかで温もりに満ちた想いが、永遠に傷付くことのない絆を作り上げていた。
　言葉にせずとも分かり合える互いの想い。永遠の絆。それを形で示す方法があるとすれば、身体と身体の触れ合いなのだろう。
　繰り返される抱擁と愛撫。今宵も幾度となく交わした口づけを、もう一度。
「ラビ……さん」
　乱れた髪でラビの喉元をくすぐりながら、朝陽が甘えたような切なげな声を出す。
「ん？　なーに？」
　おどけた風にしてラビが聞き返す。長い指を器用に動かして、朝陽の前髪を整えてやりながら。
「オレ……ずっと、楽しみにしてました。ラビさんに……出逢えること」
　途切れ途切れの告白。長い睫毛を伏せて頬を染めるその貌は、歓喜や恍惚がさせるものではない。
　気恥ずかしそうに視線を逸らす朝陽の仕種に、ラビは出逢った当初の朝陽を見ていた。小さくか弱く儚げな少年が俯く姿を思い出して、細い髪の毛に触れる手を止める。
　その大きなラビの手を、白く柔らかな指が取る。そうして自分の頬まで誘うと、大樹に寄り添うかのようにラビの手の平に顔をくっ付ける。
　心底ラビを頼りにしていると、言葉以上に伝わる仕種。実際にラビと出逢う前から、朝陽はいつだってラビを信頼していた。
「ラビさんは、顔も知らないオレのこと、いつも支えてくれました。オレが欲しいと思った、温かい言葉をくれて……オレが言い出しにくい悩みを抱えていても、ラビさんの方から相談に乗ってくれて……オレの演奏を、好きだと言ってくれました」
　ポツリポツリと語られる一言一言に、ラビも遠くない思い出を胸に浮かべる。
　それぞれの祖国にいた当時、二人はＳＮＳでやり取りをしていた。互いの言葉は分からずとも、音楽という共通言語が引き合わせてくれた出逢い。
　ラビが叩くドラムの音に、朝陽は大地に身を任せるような安らぎと信頼を寄せていた。引っ込み思案な朝陽だが、ラビのことは顔を合わせる前から頼りにしていた。
　そうした想いは距離を越えてラビにも届き、朝陽が純粋に自分を信じて頼ってくれることが嬉しくて仕方なかった。
　かけがえのない恋人と過ごせる今とは、また違った幸せな日々を送っていたものだ。懐かしいと言うほどには時も過ぎていない記憶に、二人とも思いを馳せる。
　そして、その当時に抱いていた想いがどう変わっていったのか――朝陽の真心が、偽りの無い言葉となって表れる。
「ラビさんは、優しくて、温かくて……とても頼りになる、優しいお兄さんみたいな人だって、ずっと思っていました。……ラビさんと、実際に出逢うまで……こうしてラビさんと向き合うまでは」
　恋人として結ばれた今、朝陽の目にラビがどう映っているのか。そして、ラビの中で朝陽の存在がどう変化していったのか。
　眩しそうに目を細めながら、朝陽の髪を優しく撫でるラビ。同時にラビの口からも語られていく、大事な想い。
「オレも、ずっと楽しみだったよ。液晶画面の向こうの朝陽は、とても素直で礼儀正しくて、いつだってオレを頼ってくれる……弟みたいな子だと思っていた」
　弟にするとはとても思えない手付きで朝陽の身体を抱きながら、ラビが言葉を足していく。
　肉親に向けるよりも深くて一途な愛を込めながら。
「ずっと願い続けてきたんだ。こんな弟が出来たらいいなって……顔も知らない朝陽に、いつからか理想の弟としての姿を見ていた。オレのことを兄のように慕って、頼ってくれる朝陽に早く逢いたいって……日本に来るまで、そう願い続けてきた」
　互いに告白を終えて、真正面から瞳を見つめ合う。
　揺れる瞳に映るのは、果たして理想としていた兄や弟の顔だろうか。そんな考えを、二人同時に笑い飛ばす。
「そんなはず……なかったんですよね」
「兄と弟みたいな関係になんて……なれるはずなかったのにな」
　ラビと朝陽とを結ぶ運命は、恋人同士だと初めから決まっていた。例え出逢う前に求めていた関係が兄弟のようなものであったとしても、巡り逢った後の心の変化には追い付かない。
　早く逢いたいと待ち焦がれていた日々がある。まだ見ぬ仲間のことをあれこれと想像しながら、友が目の前にいないことがもどかしかった。
　ようやく日本で出逢えると分かった時、どれだけ胸を弾ませたことか。山ほどある話したいことを頭の中で繰り返しながら、祖国の空港を飛び立ったものだ。
　出逢った一秒後には、そんな心境も過去のものへと変わってしまった。巡り逢う前にそれぞれが抱いていた喜怒哀楽を全て合わせようとも、目と目が合った瞬間に始まった恋心には敵わない。
「ラビさん……愛してます」
「朝陽……愛してるよ」
　互いの想いを確かめ合う柔らかなキス。また次の一年後も、同じように交わしていることだろう。
　想いが結ばれてからの一年――もう友達には戻れないほどに、恋の炎を燃え上がらせている二人。一年後の今日は、もっと相手のことを好きになっているのだろう。
　ラビと朝陽――二人で愛を紡いでいく限り、希望に溢れた未来がどこまでも続いていくのだ。途切れることなく、永遠に――。

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