「はい、朝陽。…大丈夫か？」

水の入ったコップをもらって、中身を半分ほど流し込む。
熱くなった体が冷やされると、自己嫌悪が大きくなっていく。渇いたノドが潤されると、大きなため息が自然と出てきた。

「はぁ～～…ごめんなさい、ラビさん…」
「ははっ、気にするな。俺の方こそ、無理させすぎちゃったかな？」

膝元に置いたコップに視線を落としていると、オレのすぐ隣にラビさんが腰かけてきた。
そばに感じる温もりさえ、今はなんだか申し訳なく思えた。
体の大きなラビさんに見合った、大きめのベッド…ラビさんの匂いが染みこんだベッド…
そのベッドの上で、三度目の夜…今日こそはと思ったのに…

「ごめんなさい、オレ、また…」

ラビさんより先に、一人で…限界を迎えちゃった…
そのままヘバって、ベッドに体を預けてしばらく動けない有様だ。
ラビさんだって、最後まで…したかたったはずなのに…満足したかっただろうに…

「それを言うのはナシ。慣れない内はしかたないんだし、オレだって悪いって思ってるよ」
「ラビさん、が…？」
「そうさ。オレだって、朝陽とこうして触れ合えるっていうのが嬉しくて…何て言うか、自分を抑えきれない…ついつい可愛がりたくなっちゃって…結果として、朝陽に限界を迎えさせちゃってる。ゴメン、な？　でも、大丈夫。オレも、だんだんと朝陽の体の具合とか分かってきたからさ、今度はきっと上手くやれるって」

本当に悪いのは…ラビさんに触ってもらえるのが嬉しくて、自分を抑えられていないのはオレなのに…残酷なくらいラビさんは優しい。
ラビさんに対する申し訳なさが消えていかず、オレは優しく声をかけてくれるラビさんとは目も合わさずにうつむき続けた。

触れ合ったオレの肩とラビさんの二の腕とが、わずかに擦れ合った。

「もう…大丈夫かな？」

そっと覗き込むようにして、ラビさんがオレの腰の辺りに顔を近づけてきた。
恥ずかしさから腰を遠ざけようとしたけど、ベッドのクッションの反発に跳ね返されるだけだった。
ラビさんの白くて長い指が、そっと伸ばされる。
シーツを汚さないように、オレの…足の付け根に被せてあったティッシュをラビさんが優しく取り上げる。
カサカサっていう音と一緒に、電気が走ったみたいな感覚が腰を中心に背中や足へと伝わっていく。

「ん、ふっ…」

別にラビさんには、オレを気持ちよくさせようとかっていう意図は無かったはず。
ゴミに捨てるティッシュを取り上げただけなのに、その際に生じた摩擦だけでオレは恥ずかしい声を漏らしてしまう。
ラビさんに聞かれた…って思うと、また体が熱く火照ってきた。

「感じやすいんだな、朝陽は。女の子だったらタイヘンだよ？」

クスって笑いながら言ってきたラビさんの言葉が、鋭い刃物みたいに突き刺さる。
ふと浮かんだ嫌な予感を振り払いたくて、オレはコップに残っていた水を一息に飲み干した。
それでも頭がぐらつくような不安は治まらなくって、オレは唇を震わせながらラビさんに訊いていた。

「ラビさんは…お、女の子と…あるんですか？　そ、その…経験…」
「まさか。朝陽が初めてだよ」

怖々と尋ねるオレとは違って、ラビさんは平然と答えてきた。
どうしてオレがそんな想像をしたのかも、分かっていないって感じに。
ラビさんの体に、他の誰も触れたことがないと分かると、頭のぐらつきが治った気がする。

ティッシュをゴミ箱に捨てるために少しだけ離れたラビさんが、再びオレの隣に座ると耳元に熱い息を吹きかけてきた。
その快感に瞼と唇をキュッと結び、身をよじらせながらも囁かれる言葉に耳を澄ませていた。

「こんな言葉を聞いたことがあるな。『男はパートナーにとって最初の相手になりたいと願い、女はパートナーにとって最後の相手になりたいと願う』…オレたち、どっちも最初の相手になれたね」
「はっ……はぃ…」

飲み干した水が、一瞬で湯気となって出ていきそうなくらい顔が熱い。
オレが、ラビさんにとって最初の相手…改めて言われたことで、さっきとは違う頭のぐらつきを覚える。

オレとラビさんとは、どっちも最初の相手…
オレがラビさんの初めてになれて、すごく嬉しい…
ラビさんも、オレの初めてになれて…嬉しい？

「あっ…」

あることに気が付いて、思わず小さく呟いてしまった。
初めての相手っていうけど…オレとラビさん、初めて出来た恋人同士かもしれないけど…オレたち、まだ…ちゃんと出来ていない…
オレの体の部分で…まだ、ラビさんに触れられていない箇所…オレのせいで、ラビさんと繋がれていない箇所がある。
ラビさんの男らしい体の中で、まだオレが迎え入れていない箇所…本当は、オレだって欲しいのに…もらえていない。
オレたち、まだ本当の最初を…体験できていない。

「どうした、朝陽？」

オレの呟きを聞き逃すことなく、ラビさんが髪の毛を撫でながら、耳元に掠れた声で尋ねてきた。
でもオレは、気が付いてしまった内容を正直に言うだけの勇気がなくって…
視線を落したまま、なかなかラビさんに返事を出来ないでいる。
でも、だけど…このままじゃいけないっていう思いも強くって…その思いに背中を押された。

「ラビさん…そっ、その…その……」
「ん？」

口ごもりながらも、必死に思いを伝えようとする。空のコップが小さく揺れるくらい震えながらも、伝えたい気持ちがある。
それをラビさんは、静かに待ってくれている。
この優しいラビさんと、もっと繋がりたい。ラビさんを、オレの体で満足させてあげたい。
ラビさんへの想いを勇気に変えて、すごく恥ずかしいけどオレからラビさんを求める。

「今晩…も、もう一度…オレと、その…」
「………」

相変わらずオレはうつむいていたけど、隣から感じるラビさんの気配が変わった気がする。
ビックリしてる…のかな？
すぐにヘバっちゃって、ラビさんの心配が絶えないようなオレなのに…そのオレの方から求めるなんて、ラビさんも思わなかっただろうし。
でも、オレだって…ラビさんと本当の意味で最初の相手同士になりたい。
その想いだけは本当だし、真剣だから…ラビさんが優しくしてくれるからって、それに甘えてばかりはいたくない。
想いは真剣なのに、上手く言葉に出来ないせいか…ラビさんが気の毒そうな声で訊いてきた。

「…もしかして、オレのこと気遣ってくれてる？　もし、オレが満足できていないんじゃないかって思ってるんなら――」
「オ、オレが…オレが、満足できないんです…。ラビさんと、ちゃんと終わりまで繋がって……ラビさんと、一緒に満足できないと、オレ…」

ラビさんは、オレが無理してるって思ってる。必要以上に、オレのことを大切にしてくれる…そこが、ラビさんの残酷なところ。
オレの体のことなんて、構わないで。
ラビさんにだったら、何されてもいいから…ラビさんがしてくれるなら、どんなことでも嬉しいから…
ラビさんが、オレの体で満足してくれること…それだけでオレは、幸せになれるから。

心の中で「ラビさん」と、ちょうど十回呼び終わったところで、ラビさんの声もオレの名を呼んでくれた。
その響きは、オレの体ではなく…心の方へと優しさを向けてくれていた。

「…いいのか、朝陽？」
「はい…オレ、また先に…っちゃっても、続けていい、ですから…。ラビさんが、満足できるまで…オ、オレのこと、乱暴にしてもいいです、から…」

自分でも分かるくらい緊張して上ずった声で訴え続けていると、ラビさんは何も言わずにオレの手に触れてきた。
その手からコップを奪うと、互いの体を向き合わせようとしてオレの肩にラビさんの手がかけられる。
そのまま優しく肩を押されて、オレの背中はシーツの上に着地した。

「大丈夫…優しくしてやるよ。朝陽が満足してくれるなら、それだけでオレも満たされるんだ」

それは…オレがさっき、心の中で思ったのと同じ言葉…
オレを見つめる眼差しも、頬に触れてくる指の感触も言葉の通りに優しい。
だから、オレも安心して体を任せられる。
オレと同じ思いでいてくれる、この人にだったら…
この人の初めてになれて嬉しいと、心の底から想いながら目を閉じた。

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