「はぁ～～…」

　向かい合った席から、か細いため息が飛んでくる。
　並んで座るノアと朝陽は、顔を見合わせてから再び前を向いて、ため息をついた相手に声をかける。

「どうしたんだい、奏多？　浮かない様子だね」
「大丈夫…ですか？」

　いつも元気な笑顔を浮かべている奏多が、こんなにも沈んでいるのは珍しい。
　心配して声をかける二人に、もう一度ため息をついてから説明をした。

「今日、朝の占いでうお座が十二位だったんだぁ。そのせいか、遅刻はするし忘れ物はするしで…落ち込むよぅ…」

　奏多が述べた原因に、ノアと朝陽も目を丸くする。それは、決して他人事ではなかった。

「Ｏｈ…朝陽とオレもうお座だった」
「十二位、ですか…そこまでは見てなかった、です」

　幸い、二人は奏多ほど不運には見舞われていなかった。
　けれども、一日は長い。
　この後、眠るまでの間に悪い出来事が起こる可能性は否定できない。
　すでに失敗続きの奏多だけでなく、朝陽までもがまだ見ぬ不運に不安を抱えていた。
　優しすぎる性格が災いしてか、奏多に同情するあまり自分の身にも同じ不幸が降りかかるのでは、と怯えだしていた。

「よし、それじゃあ今日一日よくないことが起こらないよう、三人でお祈りしようか？」

　朝陽と奏多の二人がいつまでも沈んでいるのは、見ていて心地よくない。
　占いの結果で落ち込むほどの多感な心は、良い暗示をかければ明るさを取り戻すはずだと考えて、ノアが提案する。
　それを聞いただけでパッと表情を明るくした奏多は、胸に抱えたヌイグルミに話しかける。

「うん！　ラビラビもお祈りしてくれるよねー？」

　微笑ましい奏多の姿に、ノアも笑顔でうなずく。
　隣に目を配れば、奏多の笑顔に朝陽もうっすらと微笑んでいた。
　それからノアは二人にお祈りのしかたを教え、三人は目を閉じて静かに祈りを唱え始めた。

「天にましますわれらが父よ……」

　ノアに続いて、奏多と朝陽も真剣に祈りを捧げる。
　うつむいて集中する背中に、予期しない衝撃が走った。

「……わっ！　なーにしてんだ、奏多？」
「わわっ！？　せ、星夜？」

　飛び跳ねそうな勢いで振り返った奏多の目に、星夜のイタズラっぽい笑みが映った。
　神妙な顔で祈る三人の姿が気になって近づいたのだろう。
　奏多の隣の空いている席に座ると、笑顔のままで星夜が尋ねる。

「どうした？　三人で悩み事か？」

　その悩みを忘れようとして、三人は祈りを捧げていたところだ。
　それを邪魔した星夜にも、もちろん三人を不幸にしてやろうという意図は無い。
　親友の悩みを聞いて、それを自分の力で解決してやれるなら最高だと考えていた。

「星夜～聞いてよ～～。今日ね、うお座が十二位なんだけど、僕たち三人とも最下位なんだぁ。だからね、今ノアくんに教えてもらって、一緒にお祈りしてたの！」
「そうだったのか…へへっ、自慢じゃねぇけど俺は一位だったぜ！」

　占いの結果を思い出して眉を下げたかと思えば、ノアの提案を思い出して笑顔を取り戻す。奏多の百面相に、星夜も声を上げて笑った。

「星夜はやぎ座だったね？　おめでとう、いいことがあるようにキミの分も祈っておくよ」
「サンキュー！　ノアのお祈りなら効き目バッチリだぜ♪」

　素直な喜びと感謝を口にする星夜の隣で、羨ましそうに星夜を見つめながら奏多がボヤく。

「いいなぁ～、星夜。僕もやぎ座ならよかった…」

　奏多の表情が、また暗くなる。
　それを予感して、それを防ぎたくて、星夜はとっさに浮かんだアイデアを実行する。

「へへっ、そんじゃ奏多には俺の運勢を分けてやろうかな……運気アップのハグだ！　ギュー」

　無理にでも元気づけようと、ことさら強く抱きしめる。
　突然のハグに、奏多も初めは息が止まりそうになった。
　けれど、両腕の温もりを伝わって星夜の想いを受け取ると、奏多の方からも笑顔で星夜に抱き着いた。

「ぎゅ～～！　えへへ、いいことあるかも♪」

　友人同士のスキンシップではあるが、人との触れ合いに慣れていない朝陽には少々刺激が強いのか。サッと二人から目をそらすと、顔中を真っ赤に染めている。
　そんな朝陽の反応を見逃すことなく、ノアは戸惑う朝陽に顔を近づけて囁く。

「Ｈｍ…朝陽、オレたちもハグするかい？　マイナスとマイナスが打ち消し合って、プラスの運勢になるかもしれないよ？」

　満面の笑みの提案に、朝陽は赤くしていた顔を真っ青にしだした。
　ノアの笑顔の裏に何が隠されているのか、それこそ不吉な想像でもしたようだ。
　星夜と奏多も慌ててハグを中断して、二人の間に割って入ろうとする。

「アハハ、冗談だよ。朝陽が誰にハグしてほしいかくらい、オレだって心得てるつもりさ」

　ノアの笑顔も発言も、一体どこまでが冗談なのか。
　幼馴染の星夜でさえ計り知れないノアに三人が恐れをなしていると、そこへもう一人の人物がやってきた。

「やあ、なに話してるんだ？」

　現れたのはラビだった。
　その姿を認めると、ノアは一瞬だけ思案した。

（朝陽が誰に……してほしいか――）

　先ほど口にした自分の発言について、上手いこと実現できないだろうか。
　そんなことを考えたノアは、挨拶に続いてラビから自然に聞き出そうとする。
　朝陽の運勢を良くするような、朝陽が占いの結果を忘れられるくらいの嬉しいハプニングを起こすための手掛かりを。

「ハロー、ラビ。今、それぞれの運勢について話していてところさ。ラビは……かに座だったよね？　今日の占い、何位だった？」

　ノアからの質問を聞くと、ラビは一瞬だけ視線をノアから外した。
　思い出すようなしぐさではない。ラビの目は、ノアの隣にいる人物を捉えていた。
　ノアに視線を戻すと、ラビは嬉しさを顔中で表現しながら答えた。

「二位だよ。オレの占いは、朝陽が毎日教えてくれるからな」

　やぎ座に次ぐ運気を、ラビが持っている。最下位のうお座に分け与えるには、十分な運気だろう。
　それを確認できた喜びからだけでなく、ラビの情報源を知ったことからノアは妖しい笑いを浮かべ出した。

「へぇ……」

　ノアの視線が、朝陽へと注がれる。
　口元に笑みを浮かべてはいるが、意味ありげに細められた目は全て見破っているように見えた。
　朝陽は、自分の星座が最下位だったことまではチェックしていないと言った。
　その朝陽が、ラビの順位をしっかりとチェックして報告までしている。
　全てを見抜かれて、朝陽は口をモゴモゴさせてうつむいた。

「ラビ…今、オレたちが話してた内容だけど……」

　立ち上がったノアが、ラビの方へと近づく。
　肩に手を添えて、ラビの耳元にそっと囁く。
　ノアの声はラビ以外の三人には聞こえていなかったが、ラビの表情がみるみる変わっていくのは分かった。

「フフ、頑張りなよ」

　秘密の囁きを終えると、ノアはこれ以上ないくらいの笑顔でラビの肩をポンと叩く。
　それから、四人に「Ｂｙｅ－ｎｏｗ」と告げて、さっさと立ち去ってしまった。
　その背を見送ることもせず、ラビは固まった様子で朝陽を見つめている。

「ラビ、さん…？」

　心配そうに見上げてくる朝陽の視線に耐えられなくなったラビが、緊張した面持ちで口を開き出す。
　その口調は、ラビにしては珍しいほど、たどたどしかった。

「ち、朝陽…あ、あのさ～……そ、そうだ！　メシ行かないか？　たまには、二人…だけでさ。オレがおごるよ」

　唐突な誘いに、目をパチクリさせる朝陽。
　向かいの席からは、二人の仲の良さを素直に喜ぶ声が二つ飛んできた。

「おっ、よかったじゃん！　イイことあったな、朝陽」
「いってらっしゃ～い♪」

　星夜と奏多に促されて、ラビが座ったままの朝陽に手を差し出す。
　その白い手のひらが目に入ると、朝陽も「あっ」と声を上げそうになった。
　ノアがラビに何を囁いていたのか、そこに勘付いて。

（ラビさんは…二位。オレは…十二位。さっき、一位の星夜さんが奏多さんに……し、したように…）

　ラビと二人きりで食事に行って、それから何が待ち受けているのか。
　期待に胸を躍らせるよりも、むしろ目が回りそうな混乱に襲われる。
　それでも、嬉しいという気持ちは抑えきれない。
　おずおずとラビの手を取ると、その温もりに胸をトクンと高鳴らせた。
　ラビと二人きりの時間に何が起こるのか、その嬉しい出来事を期待して。

（ホントは…うお座が一位、だったのかも）

戻る