（今日は…ラビさんと一緒に……えへっ）
学園の廊下を小走りに進んでいく朝陽。
胸には、本が二冊。それから、ほのかな想いを抱いて談話室へと向かっていた。
季節は秋。肌寒さを感じる時季になってきたのに、この日の朝陽の心は春の風に吹かれたように弾んでいた。
胸の中の本を、両手できゅっと抱きしめる。
その小さな胸に、ラビと交わした約束が思い出される。
学園の談話室――普段から人気のない、この場所で会わないかと。二人でゆっくり本でも読みながら、静かな秋を過ごさないかと。
『はい！ そうしたらオレ、本を持っていきます。ラビさんに、読んでもらいたい本があるんです』
その時の自分の返事を繰り返しながら、ラビの喜ぶ顔を思い描く。
こんなにも、はっきりとした口調だったかは覚えていない。
実際に向き合えば、ラビの顔をまっすぐ見つめられるかは分からない。
それでも、ラビのことを想う時、ラビとの会話を巡らせる時――この時だけは、ちょっぴりだけ積極的な朝陽が顔を出す。
例え空想の中だけであろうとも、今日こそは現実のラビにも積極的になってみようと考えていた。
そのために、頭の中で何度も練習してきたのだから。
せっかく訪れた、二人だけの静かな時間。今日こそは、自分の方から愛しい人に歩み寄りたいと考えていた。
（ラビさん…もう、来てるのかな…？）
学園内でも目立たない、小さな部屋の前で朝陽が止まる。
胸が高鳴っているのは、急いできたからじゃない。
そのドキドキを抑えるためか、それとも更に速くするためか。扉のガラス窓を、そっと覗き込んでみる。
そこに、目当ての人はいた。
朝陽の心臓が、キュッと締め付けられる。
この場所で二人きりと約束したラビ――そのラビの他に、もう一人の影を認めたために。
（あれは…奏多、さん？）
見つけた影は、同期の湊奏多。幼さの残る笑顔でラビを見上げながら、何やら楽しそうに話している。
そしてラビもまた、優しげな微笑みを奏多に注いでる。
それは、いい。
ラビが朝陽と同じ十七歳という年齢に似つかわしくない、面倒見の良い性格だというのはよく分かっている。
自分に向けられてくる無邪気な笑顔を邪険になど出来るはずがないし、そうしていないことに朝陽も安心していた。
それよりも衝撃的だったのは、二人の姿勢。
あろうことか、奏多が座っているのはラビの上。ソファに腰かけるラビの膝の上に、奏多の小さな体が乗っかっていた。
自分より二つ年下の奏多の無邪気さは、朝陽も何度も目にして知っている。
屈託のない奏多の笑顔を見ていれば、自分の知らないところでラビに触れ、ラビと談笑していようと許してしまいたくなる。
でも、奏多が座っているのは、まだ朝陽でさえ知らない場所。付き合いの長い朝陽にも、触れる勇気が持てないような箇所。
奏多に先を越された、という点に関してだけはモヤモヤを抑えられなかった。
（奏多さん……いいなぁ…）
密着するラビと奏多を眺め、ふっと浮かんだ言葉に朝陽自身が驚いた。
談話室の中の光景を見て、一体何を羨ましがったのだろうか。
自分も、奏多のようにラビと体をくっ付けたいという思いからであろうか。
それとも、奏多のように他人に壁を作ることなく接したいという思いなのだろうか
部屋の外から、じっと窓の向こうを眺め続ける。その気配に気が付いたのか、それとも朝陽が来る頃合いだと思ったからか、扉の方を向いたラビと目が合った。
何故か朝陽は、とっさにラビから身を隠したいと思ってしまった。
思っただけで実際に行動には移さなかったが、体は硬直してしまっている。
胸に抱いた本だけは、絶対に落とすまいと腕を強張らせて。
朝陽が扉の前で突っ立ったまま動きを見せないので、ラビがにこやかな表情で手招きをしてくる。
中に入っておいで、というジェスチャー。様々な国籍の人間が所属する「Ｉ♥Ｂ」の中で、ロシア人のラビと中国人の朝陽の間にだけ通じるジェスチャーだ。
ラビに促されれば、朝陽の金縛りもそこまでだ。
静かに扉を開けて中に入ると、それに気が付いた奏多が朝陽に対しても明るい笑顔を向ける。
「こんにちはー、朝陽」
「こ、こんにちは…」
どちらもエトワール・ヴィオスクールの三期生であり、歳は朝陽の方が二つ上。
けれどもキャリアで言えば、元子役である奏多の方が先輩にあたる。
通常の会釈よりも、少しだけ頭を低く下げて挨拶する朝陽。
目を合わせるのが、怖かった。
未だラビの膝の上に座り続ける奏多を見ていると、胸の中のモヤモヤがもっと膨れ上がるような気がして。
挨拶を済ませた後も、入り口の近くで本を抱えたまま立ち尽くす朝陽を見かねて、ラビも苦笑を浮かべる。
「ほら、朝陽。座ったら？ 奏多のおかげで、スペースはだいぶ空いてるよ？」
「あ…はい…」
さして広くもない部屋の中。
三人が腰かければいっぱいになりそうなソファは、奏多がラビの上に座っているおかげで十分なスペースが空いていた。
ラビの隣、ソファの端に縮こまって座る朝陽。自然と視線は、ラビたちとは反対方向を向いていく。
例え奏多と密着していようと、そんな朝陽をラビが放っておくはずもない。
朝陽の膝の上に乗せられた二冊の本を指さして、ラビがにっこりと微笑んだ。
「その本、朝陽がオレに勧めてくれたやつか？ 約束守ってくれて、嬉しいよ」
「あっ…いえ…」
至近距離で褒められて、朝陽も思わずはにかむ。
口元がムズムズとし出して、キュッと噛みしめておかないとニヤけてしまいそうだ。
もしも二人きりだったら、もっと素直に応えられたのかな…という考えが頭をよぎる。
（『はい！ ラビさんとの約束は、絶対に破りません』…って、言うことが出来た？ …奏多さんが、見てなかったら…？ ……バカ、そんなの言い訳）
他に人がいようといまいと、臆病な自分がハキハキと答えられたとは思えない。
奏多のように、心も体も相手に預けるなんていう振る舞いは、自分には出来ない。
例えその相手が、自分の全てを明け渡したいと思っている人であろうとも。
朝陽は心底、奏多のことを羨ましく思っていた。
せめて奏多の半分くらいは、無邪気に振る舞いたいと願っていた。
ラビに対してだけは、少なくとも。
そんな風に朝陽から思われているなど知る由もない奏多は、相変わらずの表情でラビに尋ねる。
「ねぇ、ラビ？ 約束って？」
「あぁ、今日は朝陽と一緒に読書をしようって話してたんだ。朝陽がオススメの本を持ってきてくれるって言うから、楽しみにしてたってワケ」
笑顔を絶やさずに答えるラビだが、その返事を聞いた奏多の顔は沈んでいく。
感情表現が豊かな奏多は、嬉しい時は笑顔の花を満開に咲かす。
反対に悲しい時や申し訳ないと思った時は、今にも泣きだしそうなくらい落ち込んだ貌をする。
顔を背けていた朝陽にも、その気配は伝わったようだ。
チラリと横目で窺うと、思い切り眉を下げた奏多と目が合った。
「そうなんだぁ…それじゃあ、僕お邪魔だったね。ゴメンね、朝陽？」
「い、いえっ…」
何も奏多だって、二人の時間を邪魔しようとしていたわけではあるまい。
無垢な瞳に謝られては、かえって朝陽の方が申し訳なく感じてしまう。
眉を下げて沈んだ表情をするのは奏多に似合わないとばかりに、朝陽も小刻みに首を横に振り続ける。
溜息を一つ、大きく吐き出してから、奏多が談話室に来るまでの経緯を話し出した。
「今日は朝から晃くんが、つかまらなくって…あちこち探してたら談話室にラビがいたから、晃くんを見なかったか訊こうと思ったんだ」
「それで、どうして…」
思わず尋ねようとした言葉を、途中で飲み込む朝陽。
どうして、ラビの膝の上に乗っているのかと尋ねたい衝動に駆られる一方で、どうしても口には出来なかった。
まるで自分が、純真な奏多に嫉妬しているように思えて。
朝陽が何を訊こうとしたのか、奏多にもすぐ見当がついた。
そこに秘められた朝陽の想いまでは察するに至らず、表情を再び笑顔に戻して無邪気に答える。
「えへへ～、ラビって晃くんと同じくらい大っきいから、座り心地イイかなぁ？ って思ったんだぁ」
「そ、そうだったんですか…」
言われてみれば、奏多は彼と同じグループのメンバーである晃と一緒にいる時、いつも晃の膝をクッションにしていたことを朝陽も思い出す。
奏多は十五歳という年齢から考えても幼い、純真で無垢な心根を宿している。
ラビに対する恋慕とか、それによる僻みなどは一切持っていない。
自分とは違う――。
それが手に取るように分かって、朝陽は自分の心を鏡に映してみる。
隣に並ぶ奏多と比べてみて、その心の有りようを見つめてみる。
（奏多さん……いつでも明るくて、元気いっぱいで…誰からも愛される、本物のアイドルって感じで…オレが持っていないもの、全部持ってる…）
もう一度、横目でチラリと覗き込む。
今度は、膝の上を奏多に明け渡しているラビの横顔を。
奏多の行為を責めたり嫌がったりする様子も無く、全く抵抗なく受け入れて笑っている。
こうして無遠慮に膝の上に乗られて、それで気を悪くするほどラビは心の狭い人間ではない。
もしかしたら、奏多のように明るく無邪気な性格の子の方が、ラビも付き合いやすいと思っているのではないだろうか。
だったら、自分だって奏多と同じように振る舞いたいと朝陽も思う。
ラビが受け入れてくれるのであれば、自分を拒んだりしないのであれば、それがラビの好みであるならば。
そう思いながらも、出来るはずがないと朝陽は考えていた。
例えラビの方が良くても、自分にはそんな度胸は無い。
想像の中で思い描いただけで、頬を染めてしまっているような自分には。
「それで、どう？ オレの膝の上は」
「う～ん…晃くんと比べると、ちょっとカタめ。でも、広くって安心できるカンジだよ」
それは良かった、とラビが朗らかに笑う。
その笑顔に、朝陽はドキッとした。
見覚えのある笑顔。それは、ラビが朝陽によく見せる笑顔と同じだ。
その顔をする時、ラビは決まって朝陽の頭を優しく撫でてくれた。
奏多の頭に、ラビの手が乗せられる――それを予期して、朝陽は困惑した。
だが、予想に反してラビの手は動かない。
それどころか、よく観察してみればラビの手は奏多に全く触れてもいない。
膝の上を許してはいるものの、ラビからは奏多に少しも触れようとしていないことに気が付いた。
（ラビ…さん…）
胸の中に溜まっていたモヤモヤが、どこかへと消えていた。
ラビが自分から触れるような相手、ラビが触れたいと思う相手は限られている。
心優しい性格のため、自分に触れようとしてくる手を拒んだりはしないラビ。
それでも、ラビが自分の意思でこの人に触れたいと思える相手は、きっと一人だけなのだろう。
そのたった一人が誰なのか、小さな期待が朝陽の胸をトクンと鳴らした。
横目で窺い続ける朝陽の顔を、ラビの横目が見返してくる。
口元に浮かんだ微笑に自分の期待を見透かされたような気がして、朝陽は恥ずかしさから顔を伏せてしまう。
視界から二人の姿を消した朝陽の耳に、奏多の弾んだ声が入ってきた。
「あ！ 晃くんからメール来てた！ 星夜と一緒に、中庭で待ってるって」
「ははっ、見つかって良かったな、奏多」
「うん！ 僕、行ってくるね。それじゃあね、ラビ、朝陽～」
ラビの上からピョンっと跳び下りて、部屋を後にする奏多。
ガラス窓の向こうから大きく手を振った後に、中庭へと駆け出して行った。
狭い部屋の中は、途端に静かになったようだ。
その静けさが何とも微妙な居心地で、朝陽とラビは顔を見合わせてしまった。
ようやく望んでいた二人きりの世界。抱え込んだ本をラビに手渡す機会だというのに、朝陽は踏ん切りがつかなかった。
話を切り出したのは、ラビの方だ。
そっと顔を近づけると、声を潜めて語り掛ける。
「…オレの膝の上に座ると、安心できるみたいだよ？ …試してみる？」
「え…えっ、えぇっ？」
思いもかけないラビの言葉に、朝陽の頭の中が真っ白になる。
確かに、さっきまではそれを望んでいた。頭の中に思い描いてもみた。
けれど、それは自分には決して手の届かない望み。
いざとなれば、恥ずかしさから行動には移れないと分かっている。
例え、ラビ本人から促されたとしても。
「今日は、一緒に本を読む約束だろう？ 朝陽がオレの膝の上で本を広げてくれれば、一緒に読めるじゃないか」
「え…で、でも…」
「大丈夫。もう、誰も来やしないさ」
言い聞かせるような笑みを浮かべながら、ラビが自分の膝をポンポンと叩いてみせる。
その場所を見つめながら、熱の上がった頭で葛藤する。
ラビの言葉に従おうか、それとも踏みとどまろうか。体をフラフラとさせる朝陽に向けて、ラビが手を差し伸べる。
「ほら、朝陽…」
目の前に手を差し出されては、反射的に取らざるを得ない。
手のひらの上に軽く乗せられた朝陽の手を優しく握りしめて、エスコートするように引き寄せる。
特別、力を込めたつもりはない。
それでも朝陽の軽い体は、羽が舞うようにして腰を浮かせると、ラビの膝の上に着地した。
その感触を確かめると、逃さないようにラビの両手が朝陽の柳腰に回される。
「は…はわっ」
ふんわりと腰の前で手をクロスされて、戸惑いの吐息が朝陽の口から漏れだす。
自分の腰の下にラビの膝があるという状況と、情けない声を聞かれてしまったという思いから、朝陽は汗ばむほどに赤面した。
ラビもまた、自分の顔に熱を感じていた。
服の上からでも分かる、朝陽の柔らかな感触。
これは夢だろうか。それとも幻だろうか。
現実に感じられる温もりに、ラビの胸が激しく高鳴っていく。
乗せられた小さな腰も、まっすぐに伸ばされたたおやかな脚も、緊張から震える背中も、全てが儚げに思えた。
手を離してしまえば、たちまち消えてしまいそうなぐらい、儚げな後ろ姿。
その身を抱きしめておかなければ、すぐに飛び立ってしまいそうな天使の姿。
朝陽という名の天使を膝の上に抱きながら、ラビの頭に祈りの言葉が蘇る。
子供の頃から教えられてきた、聖シメオンの祈りの言葉。
腕の中の温もりが現実だと確かめつつ、幼き救世主を抱き上げたシメオンの気持ちで祈りの言葉を唱える。
「主宰や今、貴方の御言葉に従い――」
「…何、です？」
口の中で小さく呟こうとも、密着した状態では朝陽の耳にも入る。
よくは聞き取れなかったし、聞き慣れない言葉ではあったもののラビが何か言ったのは確かだ。
首を持ち上げて、上目遣いでラビを見る。
その仕種に、また一つラビの心臓が跳ねた。
声が上ずるのを抑えるため、短く深呼吸してから朝陽に答える。
「ロシアのお祈り。今、とっても良いことを教えてもらったから、それに対する感謝かな？」
「良い、こと…？」
「うん。朝陽のお尻って、柔らかいんだな～って教えてもらったから」
「…っ！！」
突然、何を言い出すのか。
ただでさえ恥ずかしくて落ち着かない状態だというのに、慣れない話題でからかわれては反応のしようがない。
信じられないといった表情で、ラビを見上げることしか出来ない朝陽。
心臓が飛び出し、息が詰まる。
そのドキドキに耐えながら、見開いた目でラビの笑顔を睨み付ける。
「ふふっ、どうしたんだい？」
恥ずかしさに押しつぶされそうになっている朝陽に睨まれても、少しも怖くない。
顔中を夕焼けよりも真っ赤に染めて、口をパクパクさせながら見上げてくる朝陽を、ラビは余裕たっぷりに見返した。
人が恥ずかしがるようなことを言っておきながら、その全く悪びれた様子を見せない笑顔を見ていると涙まで浮かんでくる。
何も言葉が出てこない。例え出たところで、どんな抗議の言葉も笑って受け流されてしまいそうだ。
恥ずかしさを発散させることも出来ないまま、朝陽はラビから顔をプイっと逸らしてしまう。
悪ふざけが過ぎたかと、ラビも少しだけ反省する。
「はははっ、ゴメン。それくらい嬉しかったってことで…許してくれよ、朝陽？」
まだ上手く言葉を出せないのか、朝陽は顔を背けたまま体を小刻みに震えさせるだけで、ラビへの返答は無し。
苦笑と共に朝陽の頭にポンポンと手を乗せるラビ。
子供をあやすような仕種だが、こうすることで朝陽はすぐ落ち着くようになるとラビは知っていた。
ところが、今回ばかりは勝手が違う。
ようやく口を開けるぐらいには落ち着きを取り戻した朝陽は、ラビに背中を向けたまま小さく呟く。
「……ダメ。許さない、です」
後ろからでも、見て取れる。耳の先まで真っ赤にした朝陽は、きっと瞳いっぱいに涙をためているのだろう。
それは、てっきり恥ずかしさのためだとラビは思っていた。
それだけでは済まない思いを朝陽の言葉から察して、ラビも言葉に詰まる。
嬉しかったという、ラビの言葉は事実。
そして、それは朝陽も同じだと思っていた。
だからラビも、これくらいの悪ふざけは許されると思って、わざと恥ずかしいことを言ってしまった。
想像以上に朝陽を傷つけてしまったことを、どう謝ろうかと思案する。
上手い言葉が思いつくより前に、一言だけでも誠意をもって謝るべきか。
声のトーンを落として、ラビが朝陽の背中に向かって名前を呼ぶ。
「朝陽…」
「オレ…にも…オレにも、そのお祈り…教えてくれなきゃ、許してあげない、です…」
今度は、ラビが目を見開く番だ。
てっきり怒っているものとばかり思っていた朝陽から、意外な言葉を聞かされて。
朝陽はラビに背を向けたまま、視線を落としている。
それでも腰の上のラビの手を振り払って逃げようとはせず、ラビの膝の上にじっと留まっている。
恥ずかしさから消え入りそうな声を振り絞って、朝陽が自分の後ろにいる愛しい人に想いを告げる。
繰り返し練習してきた言葉とは違うけれども、せっかくの機会を逃したくはないと勇気を振り絞る。
自分が、どれだけその人のことを想っているかを知ってほしくて。
一方的に想いを告げられるだけではなく、その想いを共有したいと願っていることを分かってほしくて。
「ラ、ラビさんに近づくことが、出来て…ラビさんに…触れられて…う、嬉しいのは…オレだって同じです。だから…オレも、ラビさんと一緒に…お祈り…したいです、から」
途切れ途切れに伝えられる、一生懸命な朝陽の想い。
その想いに、どう返したらいいのか。
珍しく、ラビも言葉に詰まっていた。
言葉よりも、体の触れ合いで応えたかった。
朝陽が打ち明けてくれた想いを、ラビがどれだけ嬉しく思っているか。
それを言葉ではなく、体で伝えたかった。
腰の位置に置いてあった両手を、朝陽の胸元まで上げて触れてみる。
朝陽の心に、一番近い場所に自らの手を押し当てる。
ふわりとした服を隔てて、熱を持った左胸が忙しなく音を奏でるのが伝わってきた。
その鼓動を、もっとよく確かめたい。
手のひら全体で、服の上から朝陽の胸を包み込む。
そのラビの大きな手に、朝陽の小さな手が添えられる。
それまで大事そうに抱えていた本から手を離して。
朝陽の手が、遠慮がちにラビの手を軽く握ってくる。
自分のため、そこまでの勇気を奮ってくれた朝陽に報いたい。
そんな気持ちに駆られて、ラビが優しさと愛情を込めて囁く。
「うん…いいよ」
自分の左胸の鼓動も、朝陽の背中越しに届けたい。
朝陽の体を引き寄せ、自らも前のめりになる。
二人の腰と腰が触れ合い、二つの心臓が重なり合うくらい近づく。
同じリズムでユニゾンする、ラビと朝陽の鼓動。
同じ速さを共有することが出来た喜びを、二人で一緒に感謝したい。
後ろから朝陽の耳元に顔を近づけたラビが、自分の後に続くよう促して祈りの言葉を唱える。
小さな、静かな談話室に、二人だけの祈りが広がっていく。
「主宰や今、貴方の御言葉に従い、貴方の僕を安らかに――」
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