「よし……出来た！」

　ラビさんの大き目のベッドに真っ白でいい匂いのするシーツを敷いてあげて、オレの気分もなんだかいい気持ち。
　今日はラビさんも他のみんなも留守にしてるから、その間にベッドのシーツを取り換えておいたんだけど、やっぱりラビさんのだけは気持ちが違ってくる。
　日頃からラビさんには面倒を見てもらうことが多いから、こうやって少しでもお返し出来ることがあるとオレも嬉しいんだ。
　人一倍仲間想いのラビさんだから、いろいろと気を回して疲れちゃわないか心配だし。そうなると、夜は清潔なシーツでぐっすり眠ってほしい。
　それに、最近はオレがラビさんのシーツを汚してしまうことも多いし、放っておくとカサカサになっちゃうからマメに洗わないと……って、はわわ！　な、なに考えてるんだろ、オレ……。

「……そっか、もう四ヶ月になるんだ」

　ラビさんとオレが付き合うようになって、もう四ヶ月。当然、夜も一緒に寝ることだってある。
　最初は緊張しちゃってすぐにヘバっちゃってたけど、最近は慣れてきたつもり。そのせいか、回数もだんだんと増えてきてる気がする。
　オレたちがそういった仲だっていうのは、バンドのみんなも知ってるし祝福してくれている。
　おかげで、毎日が幸せでいっぱいだ。大好きなラビさんと一緒にいられて、大切な仲間たちに認めてもらえて。
　だからこそ、やっぱりいつまでもラビさんに頼って甘えてちゃダメなんだと思う。
　自分で出来ることは自分でやって、これからはオレがラビさんのことだって支えていけるようにならなくっちゃ。

「うん……最近は特に気にかけられちゃってるし……頑張らなきゃ」

　最近のラビさん、妙にオレに訊いてくるんだ。オレがラビさんのこと、どう思ってるかって。普通にしている時でも、夜の……行為の時でも。
　オレ恥ずかしがり屋だから、なかなか上手く言葉では伝えられないけど、そもそも好きじゃなかったら男同士で付き合おうなんて思わない。……体を触れ合おうとも思わない。
　ラビさんに触れて……抱きしめられるのは、好き。
　だから、オレのそんな気持ちを尋ねられた時は、もっとラビさんにくっ付くようにしてる。
　体をピッタリと重ねて、赤くなった顔を見られないようラビさんの耳元で囁くようにしている。
　それに対してラビさんは、いつもの笑顔を見せて頭を撫でてくれるんだ。
　だから……オレの想いは、ラビさんにきちんと伝わっているはず。
　そう思ってるんだけど、ラビさんは何度もオレに同じ質問をしてくる。オレの心を気にかけてくる。
　ラビさんの心配を少しでも減らすためには、やっぱりオレがしっかりしなくっちゃ。

　トントントン、っていう自分の足音を聞きながら階段を下りていく。家のお仕事は片付いたから、これからは自分の時間。
　みんなが帰ってくるまでの間、何をしていようかな？　何て考えていると、笑い声と一緒に玄関が開く音がした。
　ビックリして思わず階段の陰に隠れっちゃった。あ……こういうところが、オレのダメなところなのに。
　そっと玄関を覗いてみると、目に映った笑顔にオレの警戒心も消えていった。

「ラビさん……」

　思わず名前を呟いちゃったのは、それだけ帰りを待ち望んでいたからかな？　まだ出かけてから何時間も経ってなかったのに。
　けどラビさん、玄関で誰と話してるんだろう？
　もうちょっとだけ身を乗り出して、もっとよく窺ってみる。

「あれは……」

　一期生の……椿、さん？　ラビさんと仲の良い人だ。それじゃ今日は外で会っていて、二人して帰ってきたってこと？
　わざわざ家にまで来るなんて、特別な用事でもあったのかな？　それにしては、玄関で立ち話しているし……何を話してるんだろう？

「いいか、椿？　あんまり無茶なことはしないでくれよ？」
「心配すんな。俺だって加減は分かってるつもりだ。それで、あいつはどこにいるんだ？」
「あぁ、それならきっと……やぁ、朝陽！　一人で寂しくなかったかい？」

　身を乗り出しすぎちゃったのかな？　椿さんと話している途中だったラビさんに見つかって、声をかけられちゃった。
　こうなったら立ち聞きしているわけにもいかないし、二人の前に出ていく。
　……何だろう？　慣れない人とは目を合わせられないから分からないけど、何だかオレを見る椿さんの視線が……き、気になる。

「あ、あの……おかえりなさい、ラビさん。それと……い、いらっしゃい、ませ」
「ハハッ、そんなに怯えんなって。可愛い後輩を取って食ったりしねぇよ」

　そう言いながら、椿さんは隣に立つラビさんの肩に手を回す。え……？　ラ、ラビさんの肩……を？
　……オ、オレが椿さんを警戒してるから、怖くないよって安心させるためにしてくれてるのかな？
　それにしては……いつまでもくっ付きすぎに思えるし、ラビさんを自分の方に引き寄せて……すごく親しそうに見える。

「今日は家には誰もいないって聞いてたからな。ラビと二人きりで過ごそうと思って寄ったんだ。上がらせてもらうぜ？」
「悪いな、朝陽。しばらく二人でオレの部屋にいるよ」
「あっ……はい」

　申し訳なさそうにするラビさんに反射的に返事をしちゃったけど、本当は全然納得してないオレがいる。
　椿さんが言った「今日は家に誰もいないって聞いた」っていう言葉が引っかかってる。
　確かに今日は、みんな用事があって出かけてる。だけど、オレは留守番してますって言ってたのに……ラビさん、忘れちゃってたのかな？
　そんなことより、もっと気になるのは……階段を上っていく間もずっと椿さんがラビさんの肩に手を回してくっ付いてるってこと。
　二人……こんなに仲良かったっけ？　日本人やロシア人って、友達同士でもこんなにスキンシップするのかな？
　まるで……まるで……こ、恋人みたいに……って、オレのバカ！　ラビさんの恋人は……オレなんだから。
　それでもやっぱり、そんな風に見えてしまう。やっぱり恋人同士のスキンシップみたいに見える。だって、それは……オレが、ラビさんとしたいことだから……。
　だから、すごく不思議に感じる。友達同士でしかないラビさんと椿さんが、どうして恋人みたいにくっ付いているんだろう？
　すごく不思議……二人の仲が良い姿を見ていると、心にモヤがかかったみたいで……気持ち悪い。

「…………あっ、お茶を出さなきゃ」

　椿さんのことを羨ましがってたせいで、お客様だってことを忘れてた。
　えっと……このあいだ見つけた美味しい中国茶は、もう無くなっちゃったんだっけ？　紅茶の缶が入ってる棚は、勝手に触るとノアさんが怖そうだし……。
　オレでも淹れられるのは、あとは手軽なドリップバッグコーヒーだけか……。こ、これは他にお出しできるものが無いから仕方なくで……べ、別に椿さんにイジワルしてるってわけじゃ……ない、です。
　自分自身にヘタな言い訳をしながら、マグカップが二つ乗ったお盆を運んでいく。
　手軽と言っても、コーヒー好きのラビさんが選んだ香りのいい銘柄なんだ。お湯の温度とか注ぎ方で味も香りも変わってくるから、そこはキチンと注意を払っている。
　湯気と一緒に立ち上る香ばしい匂いにラビさんの笑顔を思い描きながら、ラビさんの部屋のドアをノックする。
　すぐに返事がしたのでドアを開けると、大きなクッションを取り合うようにしてラビさんと椿さんが座ってた。
　何だろ……複雑。ラビさんのために取り換えたベッドのシーツに椿さんが腰かけてなかったことには、ちょっとだけホッとしたけど……体の大きな二人が押し合うようにして一つのクッションに座っている姿は、すごく奇妙で――。
　奇妙な光景で……それ以上に、胸が騒ぐ。
　いくらクッションが一つしか無いからって、わざわざ二人一緒に座らなくたって……おかげで、また二人の距離が近い。

「……ありがと、朝陽。気が利いてるね」

　入り口でボーっと突っ立てたオレを見かねて、ラビさんが立ち上がってお盆を取りに来た。
　それをオレは、黙って見届けることしか出来なかった。
　ラビさんに掛ける言葉が浮かばず、オレの手からお盆を取り上げるラビさんの顔を見ることも出来ないでいた。

「サンキュ！　もうちっと掛かりそうだからな、ありがたく頂くぜ」

　そうなんだ……まだ掛かるんだ……。椿さんから掛けられた言葉に、オレの心は冷たく返事する。
　……ヤな奴だな、オレって。
　無言でラビさんの部屋を下がって、一階のリビングまで下りていく。
　自分のために淹れたコーヒーの香りを吸い込んで、そっと目を閉じてみる。
　いつだったか、ラビさんと並んで座ってコーヒーを楽しんだ時の香りだ……記憶の中のラビさんの隣にいるのは、椿さんじゃなくって……オレなんだ。
　チックタックと鳴る時計の音だけ聞きながら、目を閉じて思い出に浸る。
　立ち上るコーヒーの香りから、ラビさんと話した内容を思い出す。
　今朝も昨夜も一昨日も……オレの側にはラビさんがいてくれて、幸せな毎日を過ごせていたのに。
　同じ家にいながら、こんなに寂しい……。
　そろそろラビさん……返してくれないかなぁ？
　でも、しかたないか。オレはラビさんと一緒に暮らしてるから一緒の時間が多いけど、椿さんは家もグループも違うんだし。
　うん……オレだって、中国に帰ったら友達としばらく一緒にいたいと思う。会えなかった分の時間を取り戻そうとして、友達の恋人から独占しちゃうかも。
　だったら、少しくらいガマンしなくっちゃ。椿さんが帰ったら、今度はオレがラビさんと二人っきりになれるんだし。
　……そんな言い訳、長続きしないって分かってる。たった一つだけワガママを言えるなら、今すぐにでもラビさんのところまで駆けていきたい。
　椿さんがしてたみたいに……ラビさんに肩を抱いてもらいたい。

「なんて……無理だよね。オレに、そんな勇気なんて……」

　思わず呟いた諦めの言葉が、さらに自己嫌悪を引き起こす。
　こういう臆病な性格を直そうって心に決めたはずなのに……そうしなきゃ、いつまでたってもラビさんに迷惑をかけてしまう。ラビさんと対等の恋人になって、ラビさんのことを支えていくなんて言えない。
　でも、どうやったら自分を変えられるんだろう？
　シーツを取り換えてあげるなんて、誰でも出来る簡単なことで満足してちゃダメ。
　これまでの自分を捨てて、ラビさんが何の不安も持たなくて済むくらい強いオレになりたい。
　その方法だけが……分からない。

「……こんな時間か」

　グルグルと考え込んでいたのを、時刻を知らせる時計の音に遮られる。
　その音が二階にも届いたのかな？　やがてラビさんと椿さんが、揃って下りてくる気配がした。
　リビングに向かって一声かけられたから、椿さんが帰るのが分かってオレも見送りのために玄関まで移動する。
　嬉しいって思っちゃうのは、しかたないよね。これで、やっとラビさんと――。
　そう思って零れそうになった笑顔は、玄関で待ち受けていた光景を見て引っ込んでしまった。
　……どうして？　帰り際になっても椿さんは、名残惜しそうにラビさんとくっ付いている。それも、今度はラビさんの腰を抱いて……。
　こんなスキンシップ、絶対に友達同士じゃやらない。恋人同士でなきゃ、こんなくっ付き方はしない。
　それなのに、どうして椿さんは当たり前のようにラビさんの腰に手を回してるの？
　どうして、ラビさんは抵抗もしないで受け入れてるの？
　イヤ……見たくない。離れて……ラビさんから離れて……。

「…………」

　心から嫌がってるのに、言葉に出来ないのが悔しい。
　本当は力ずくでもラビさんを取り返したいのに、足は一歩も前に踏み出せず、舌は抗議の言葉を見失っている。
　ラビさんに対して、早く椿さんから離れてオレの側に戻ってきてって祈ることしか出来ない情けないオレ……。

「朝陽……」

　見かねたラビさんが、心配そうにオレの名前を呼ぶのが聞こえる。
　けど、それと重なるようにして椿さんが間に入ってきた。

「ラビ、今日は楽しかった。また二人で会おうぜ？」
「え？　あ、あぁ……」

　歯切れの悪い返事をするラビさんが珍しくて、つい二人の顔を見上げてしまう。
　ラビさんの腰に回しているのとは反対の手で、椿さんがラビさんのアゴをすくっている。それはまるで、これから……しようとしてるみたいに。
　オレが浮かべた悪い想像を実現しようと、椿さんの顔がどんどんラビさんに近づいていく。ラビさんもまた、抵抗もせずに待っている。
　何……？　心が……ざわつく。肩とか腰を抱くのを見せつけられた時とは全然違う、このざわつきは何？
　怖い……。オレだけが知っている、オレだけに許されたラビさんの箇所。何度もオレを愛してくれた、ラビさんの唇――。
　それを他の人に奪われるのが怖いと思った瞬間、オレの体は意識から離れて動き出し、勢いに任せてラビさんに抱き着いていた。

「ダ、ダメです！　ラビさんは……オレのなんですからっ！」

　椿さんを押しのけるようにして、ラビさんの大きな体に腕を回して顔をうずめる。
　自分でも驚くくらいの大声で叫ぶ。震えながらも、しっかりとラビさんにしがみつく。
　誰にも渡したくない――。ただそれだけを念じて、ラビさんを抱きしめていた。

「……っ」

　小刻みに震えるオレの頭の上に、大きな手が乗せられてきた。ラビさんのとは異なる感触に、反射的に体が竦む。
　けど、次に聞こえてきた言葉は全く予想しないものだった。

「分かってるよ。……安心しな、お前たちの間には誰も入り込めやしねぇよ」

　耳に届く椿さんの声。それは、とても優しい響きで……オレも思わず顔を上げてしまう。
　声色と同じく優しい微笑みを浮かべた椿さんが、オレの目を見つめて大きく頷く。
　急に椿さんが態度を変えたわけが分からないでいるオレをしり目に、椿さんは自分から玄関のドアを開けた。

「じゃあな、邪魔者は退散するぜ」

　その言葉通り、椿さんはあっさりと帰っていった。
　さっきまでラビさんとくっ付いてたことなんか、まるで無かったみたいに。
　椿さんがいなくなると、ラビさんに抱き着いている今の体勢が急に恥ずかしくなってくる。
　パッとラビさんから離れようとすると、今度はラビさんの方からオレの体を抱いて引き寄せてきた。

「……ありがとう、朝陽。嬉しかったよ……オレが朝陽のものだって言ってくれて」
「ご、ごめんなさい……オレなんかが、偉そうに……」

　そうだった……とっさに、そんなことを言ってしまってた。
　だって、本当に怖かったから。ラビさんを椿さんに取られるんじゃないかって。
　そう思ったら、自分でも気づかない内にラビさんにしがみ付いて、あんな言葉を……。
　恥ずかしさからうつむくと、ラビさんがそっと顔を寄せてきた。

「そんなことないよ。だって、本当のことだろう？　オレは朝陽のものだし、朝陽はオレのものだ。オレたち、恋人なんだからさ」

　改めて言葉にされると、やっぱり恥ずかしい。そして……嬉しい。
　嬉しい一方で、心の中にはまだモヤモヤが残っていた。

「はい……。でも、今日……なんだかラビさんと椿さんが、その……仲が良さそうだったから、オレ……ヤ、ヤキモチしちゃいました」

　椿さんが帰った今でも、不思議でしかたない。
　ラビさんと椿さんが仲良しなのは知っているけど、今日の椿さんは度が過ぎてたと思う。
　そのわりに、最後はあっさりと引き下がっちゃったし……。

「それについては、ちゃんと説明するし……謝らなきゃいけないな。まずは安心してくれ。オレと椿は、そんな仲じゃない。椿はいい奴だけど、友人としてしか見てないよ。お互いにね」
「お互い、に……？」
「うん。あいつの相手は、とお……まぁ、それはいいか。とにかく、オレが恋人として好きなのは朝陽だけだ。だけど――」

　はっきりとオレのことを恋人と言ってくれる、その後に続く言葉に不安がよぎる。
　何を言われるのかと緊張するオレに、一呼吸置いてからラビさんが話を続ける。

「だけど、朝陽の気持ちも聞かせてほしかった。そのために、さっきは椿に演技をしてもらったんだ」

　演技……？
　じゃあ、今日の椿さんのスキンシップは全部……ウソ？
　椿さんがラビさんにキスしようとしたのも、オレの本心を引き出すための演技だったってこと？

「オレだって、朝陽の気持ちは分かっているつもりだ。だけど、やっぱりしっかりとした言葉で聞ける方が嬉しいからね」

　あ……確かに、そうだ。ラビさんから気持ちを尋ねられて、小声で返すことはあった。けど、自分からはっきりと想いを伝えたことはない。
　だから、この頃のラビさんはオレに何度も訊いてきてたの？
　全部、オレが臆病なのが悪かったんだ……。

「朝陽、その顔……自分のことを責めているだろう？　違うよ、今回のことはオレのワガママだ」

　心の中を言い当てられて、ますますうつむいてしまう。
　恥ずかしさだけじゃなくって、申し訳なさからも。
　ごめんなさい、の一言を口にするきっかけを探している間にも、ラビさんは胸の内を打ち明けてくれる。

「言葉にしなくても、朝陽の想いは届いている。それでも、実際に聞かせてほしい言葉もある。朝陽がオレのことをどれだけ好きでいてくれているのか知りたいし、それを他のみんなにだって自慢してやりたい。そんなグチを椿にしたら、協力してやるって言ってくれたんだ」

　ラビさんの話を聞くことで、不思議だった色んなことに合点がいく。
　ラビさんが椿さんと一緒に帰ってきたのは、ちょうど外で椿さんと会って相談を持ち掛けたところだったから。
　椿さんが「今日は家に誰もいないって聞いた」って言ってたのは、まるでラビさんと二人きりで過ごそうと思って家を訪れたんだとオレに思わせるため。
　オレにヤキモチを妬かせて、ラビさんへの想いを口にさせるため。
　ここまで手を打ってもらわなきゃ自分から想いを告げられないなんて、やっぱり情けないな。
　そのくせ、オレとラビさんのことを考えてくれた椿さんのことまで悪く思うだなんて……。
　自己嫌悪……それに苛まれているのはオレだけじゃないって、ラビさんの沈んだ声が教えてくれた。

「オレも……本当のことを言うと、不安だった。椿がオレに迫ってきても、朝陽が何の反応も示してくれないんじゃないかって。これまで朝陽からの愛の言葉を求めていたことも、全部無理強いだったんじゃないかって」

　違い……ます。オレだって、ラビさんのことを恋人だと思ってる。
　ラビさんに訊かれるから、しかたなく答えてるんじゃない。本当にオレの想いを伝えてきました。
　今日だって、何度も椿さんをラビさんから引き離したいって思った。
　言いたい言葉はたくさんあるのに、胸につかえて思うように出てこない。
　せめて表情で伝えられたらと思って顔を上げると、少しだけ滲んだ視界にラビさんの微笑む顔が映った。

「……でも、朝陽ははっきりと椿を拒絶して、オレが朝陽のものだと言ってくれた。そのことが何にも増して嬉しいし、もう何の不安も無い。試すようなことをして、本当に悪かった」

　笑顔のはずなのに、複雑な感情が窺える。
　喜びや幸せと一緒に浮かぶ、自責だとか慰めだとか……全部、オレを思いやっての表情だ。
　オレはラビさんのものだし、ラビさんはオレの恋人――対等のはずなのに、ラビさんにばかり気を遣わせてこんな顔をさせることに、もうオレ自身が耐えられなかった。

「ち、違います……。本当に悪いのは、オレ……。ラビさんを不安にさせてしまっていたのは、オレのせいなんです」

　本当はオレも、自分からラビさんに想いを伝えたかった。それなのに、恥ずかしさから出来ないでいた。
　そして、そのことでラビさんを不安にさせていたことに気がつきもしなかった。
　自分のことばかり考えてラビさんを困らせるのは、もう卒業しようと思っていたのに……。
　それが出来るようになる第一歩は、オレが自分の想いと真剣に向き合うことだったんだ。
　大好きな人に気持ちを伝えることも出来ないようじゃ、この臆病な性格は一生変わらない。
　まずは小さな勇気を出そう。自分が言いたい言葉を口にするだけという、簡単なことから始めよう。

「ラビさん……オレは、ラビさんと釣り合う存在になりたい、です。バンドとか、日々の生活のことだけじゃない……。オレ、は……ラビさんと……恋人としても、対等に付き合っていきたい。ラビさんが言ってくれるのと同じくらい、オレからも好きだと言いたい。だって……ラビさんは、オレの一番好きな人なんですから」
「朝陽……！」

　驚きと喜び。そんな感情が、ラビさんの顔中に浮かんでいるのが分かる。
　それを確かめられたオレの心も嬉しがってる。
　自分の想いを伝えるという行為が、恥ずかしさ以上の幸福を生み出していた。
　こんなに嬉しそうなラビさんの顔が見れるのなら、こんなにも幸せな感情が胸にこみ上げてくるのなら、これから何度でも言いたくなる。
　オレは、ラビさんが好きなんだって――。

＊　＊　＊

　薄暗くした部屋の中。ラビさんのベッド。取り換えたばかりのシーツの匂いに、ラビさんの匂いが混ざって心地良く感じる。
　その一枚のシーツにくるまって、裸になったお互いの体を寄せ合って抱きしめ合う。
　肌を通して感じる熱は、オレに向けてくれているラビさんの想い。
　オレのことを好きだと言ってくれるたびに、どんどん熱くなっていくラビさんの肌が愛しい。
　ラビさんのことを好きだと言うたびに、ラビさんの体を抱きしめたくてしかたなくなっていく。
　たくましい胸に顔をうずめると、ラビさんの方からも愛おしむように抱きしめてくれる。
　オレの方が上になって、体重の全てをラビさんに預ける。そうすることでラビさんをもっと近くに、体全体で感じることが出来た。
　それがどんなに嬉しくて、幸せで胸を満たしてくれることなのか。ラビさんに伝えたいという思いが、自然と口から出ていく。

「ラビさん……好き。大好き、です」
「うん。オレもだ、朝陽。大好きだよ」

　同じフレーズが、お互いの間を行き交う。本当に気持ちが通じ合っているんだという証拠。
　ベッドに入ってから、もう何度口にしたかも分からないのに、まだ言い足りないくらいだ。
　自分の口から出てくる「好き」という言葉を聞くたびに、心の奥底から気持ちのいいドキドキが顔を出してくる。
　そのドキドキのせいで気持ちが舞い上がってるのかな？　普段なら恥ずかしいと思ってしまうことでも、何だってラビさんにしてあげたくなってしまう。

「ラビさん……あの……きょ、今日は……オレがラビさんの……したい、です」

　言葉自体はたどたどしくても、オレの意思をはっきりと伝える。
　ラビさんも驚いたみたいだけど、それも一瞬。その後で優しく微笑んでみせる表情も頭を撫でてくれる仕種も、オレを受け入れてくれることが分かって嬉しい。
　鍛えられた男らしい体に頬を寄せながら、ゆっくりと下がっていく。
　足の付け根の一番熱い部分にたどり着くと、はぁ……と溜息が漏れる。
　オレのとは全然、大きさが違う。既に起き上がっていた部分は、本当に男の人のアレって感じがして、ますますドキドキしてくる。
　そんな大きくなったラビさんに顔を近づけて、そっと頬っぺたをくっつけてみる。
　ドクドクと脈打つ熱さが、そのままオレへの愛の囁きに聞こえて思わず「ラビさん」と小さく呟いてしまう。
　う……聞かれちゃったかな？　なんだか、すごくヤラしい独り言だったように思える。
　照れ隠しじゃないけど、そのまま次の行為に進まないと余計に恥ずかしい気がしてラビさんを正面から見つめる。
　本当に……たくましい。こんなおっきいのがオレの中に挿入っちゃうだなんて、まだ信じられない。
　口でだって、全部は入らなさそうなのに……そう考えると、試してみようって気持ちが出てくる。
　両手で包み込むように支えながら、ぷっくりとした先端にためらいなく唇を寄せる。
　熱い……火傷しちゃいそうな熱を、より直に感じられる気がしてオレも興奮してくる。
　口を開けて先端から飲み込んでいこうとしてみる……んっ、やっぱりキツい……かも。
　でも、こうすることでラビさんが悦んでくれるならって思うと、もうちょっと頑張れそう。
　いつもラビさんがオレにしてくれるのを思い出しながら、アゴごと口を動かしてみる。
　唾液で滑らせながら、口の中に広がるラビさんの匂いに幸せな気持ちを育んでいく。
　その気持ちが、また「好き」という言葉を言いたくさせるんだけど、今は口が塞がっちゃってる。
　だから、その分も一生懸命ラビさんにご奉仕する。
　オレがラビさんを好きだという証明。ラビさんを気持ちよくさせてあげたいから、恥ずかしいことでもいっぱいしてあげたくなっちゃう。
　舌と唇で包み込んだ大きなラビさんが、時折ビクンって震えるのが分かるたびに嬉しくなってくる。
　もっといっぱい気持ちよくなってほしい……。その方法があるとしたら――。

「ふふっ、どうしたのかな……朝陽？」
「あ、ぅ……」

　オレに責められててもラビさんには余裕があるみたいで、あっさりとバレちゃった。
　ラビさんに添えていた手を離して、どこに指を這わせているのか――オレの体の中で、一番ラビさんを満足させてあげられるであろう場所に指を埋もれさせているのも見破られちゃった。
　体を起こしたラビさんの指が、背中を伝ってオレの腰へと伸ばされる。

「オレのを咥えて……コッチでも欲しくなっちゃった？　ヤラしいなぁ、朝陽は」
「う……うぅ……」

　すごくイジワルなことを言われてる気がするけど、全然否定できない。
　それに、オレの腰に触れるか触れないかくらいの微妙な距離を保ったラビさんの指を意識しちゃってるのも事実。
　微かな感触だけで、ビリッとくるような刺激が伝わってくる。その刺激が秘部の入り口を柔らかくさせて、這わせていた指を奥へと飲み込んでいく。
　でも、ダメ……。自分で弄るんじゃなく、ラビさんの指に触ってもらいたい。
　恥ずかしいと思っているのに、腰は催促するように動いてしかたない。
　ラビさんの言う通り……オレ、ヤラしい子だ……。

「っ……ラ、ビさん……オレ……オレ、のも……ラビさん、に……」
「シてほしい？　まぁ、朝陽をこんなにヤラしくさせちゃったのはオレなわけだし……それじゃあ責任取って、気持ちよくしてあげないとな」

　イジワルなことを言いながらもラビさんの表情は優しくて、それに反して力強い手でグイッと腰を引き寄せられちゃう。
　勢い余ってラビさんの胸に辿り付いたオレは、そのままラビさんの首に腕を回して、されるがままの姿勢を作る。
　ラビさんは大きな手の片方でオレの腰を支えながら、オレの秘部をまさぐり出してきた。

「んっ……ふぁぁ……」

　ラビさんの指が侵入した途端、変な声が抑えられずに飛び出した。
　自分で弄るより何倍も刺激が強くて、熱くて……気持ちいいから。

「すごいな……簡単に飲み込んじゃったよ。ふふっ、待ち切れなかった？」

　……はい。
　こんなにも抵抗なくラビさんの指を受け入れられたのは、自分でも意外なくらいだけど……それは、それだけラビさんを求めていたからって証拠。
　思い出すなぁ……最初の数回は、上手くラビさんを受け入れることが出来なかったっけ。
　あの時は指さえ辛くって、中に挿れられると痛いのと苦しいのとで表情を歪ませちゃってた。
　けど、痛そうな顔をするとラビさんが気に病んじゃうから、なるべく気を紛れさせようと頑張った。
　痛みに耐えるんじゃなく、ラビさんのことを考えるようにした。
　ラビさんへの想いを高めて、ラビさんの存在が近くにあることを意識しようとしてきた。
　最初は痛みを紛れさせるつもりでラビさんのことを考えていたのが、今ではラビさんの指が入ってきただけでラビさんへの想いが溢れ出てくる。
　それは痛いとか苦しいという感覚よりも、ずっと強く感じる感情――悦びという感情。
　中を擦られるたびに、そこの部分が灼けるように熱くなっていく。その熱が、ラビさんへの想いまで燃え上らせていく。ラビさんのことで頭がいっぱいになっていく。
　もっとラビさんに夢中になれるのなら、もっと熱くさせてほしい。もう、指だけじゃ足りない。

「ラ、ビ……さんっ。オレ、もう……」
「ガマン出来ないんだ？　そんなにオレが欲しい？」

　そこまで言うのはさすがに恥ずかしすぎて、コクコクと頷くことでなんとか意思を伝える。
　いつの間にか、指だけじゃ物足りない体にされちゃった。でも、それが嬉しい――。
　だって、ラビさんをより求めることが出来れば、ラビさんをもっと感じさせてくれるから。
　引き抜かれた指の代わりに、熱い先端が秘部へと押し当てられる。
　ラビさんは無理強いするのが嫌いだって分かってるから、オレも自分から腰を沈めて手伝う。
　よくほぐしてもらっていたおかげもあって、痛みもなく大きなラビさんが入り口を広げて中へと挿入ってくる。
　ふあぁ……って、なっちゃう瞬間。ラビさんと繋がることが出来た、幸福の瞬間。
　ますます力を込めてラビさんの首にしがみつく。そうしないと頭が沸騰して、どうかなっちゃいそう。
　それでも声だけは抑えることが出来ずに、ラビさんの動きを感じるたびに漏れてしまう。

「あぁん……ラ、ラビさん……オレ、気持ちぃ……っ」
「オレもだよ。朝陽の中……オレのを締め付けて、すごく気持ちいい」
「やぁ……言わ、ないでぇ……」

　恥ずかしいことを言われちゃって、ラビさんの首筋に鼻先を擦りつけるようにして顔をうずめる。
　そうすると自然と体もラビさんともっと密着して、オレの中のラビさんが更に大きくなっていく。
　オレで感じてくれてるんだ……それがラビさんの本音だって分かるから、恥ずかしいのを上回るくらい嬉しくなっちゃう。

「ラビさんっ……もっと……オレ、もっとラビさんを……感じたい、です」

　声を震わせながらも、伝えたい言葉を耳元で囁く。
　それに応えるようにして、ラビさんの動きが激しくなっていく。

「あっ、あぁぁん……。ラビさ……ラビさぁん！」
「朝陽……。あぁ……朝陽の中、更にもっと熱くなっていってるよ」

　分かる……オレの中のラビさんも、どんどん熱くなっていくから。
　ラビさんに突き上げられるたびに、心の底に響いてくるラビさんの想いを感じる。
　そこから湧き上がる熱と鼓動が、ラビさんへの想いをどこまでも高めていく。

「ラ……ビさんっ。あ……あんっ……気持ち、いいよぉ」
「オレも……朝陽の中、気持ち良すぎて……ずっと、こうしていたいっ」

　ラビさんの動きに合わせて、オレの腰も自然と動いちゃう。
　密着した状態だから、ラビさんのお腹にオレのを擦られて、内側と外側からの快楽に息継ぎも難しいくらい喘ぎっぱなしになっちゃう。
　それまで知らなかった自分を曝け出す恥ずかしさもあるけれど、それを引き出してくれたのがラビさんだというのが嬉しい。
　自分の乱れる姿を、ラビさんにだけ教えられたことが嬉しい。
　オレが、この世で一番好きなラビさんだから――。

「朝陽っ……そろそろイキそうだよっ」
「は、はいっ……オレ、オレも……一緒、に……ふああぁぁん！」

　中でラビさんが弾けるのが分かった瞬間、オレも意識が飛んじゃうくらいの快感に襲われて叫んでしまう。
　ラビさんと一緒に限界を迎えられた喜びが、いつも以上の解放感を生み出してるみたいだ。

「はぁ……ラ、ビさん……ラビ、さん……」

　ビリビリと痺れる全身をラビさんに預けて、整わない呼吸のまま愛しい名前を連呼する。
　オレが呼んだのと同じ数だけ、ラビさんは優しく髪の毛を撫でて安心させてくれる。
　そして、オレに愛の言葉を囁いてくれる。

「好きだ……朝陽。ずっと……愛してるよ」
「はい……オレも、ずっと愛してます。ずっと……ずーっと、ラビさんだけを……」

　お互いの口から出てくる言葉が何なのか、もう確かめる必要もなく分かっていた。
　今は口を塞ぐ時。オレの唇でラビさんの口を、そしてラビさんの唇でオレのを。
　僅かに訪れた沈黙の間も、オレたちは互いの想いを分け合えていた。
　重ねた唇から、繋いだ手と手から、鳴り響く心臓の鼓動から――。
　全てが、お互いに伝え合っていた。この世で一番好きだよって。

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