「あははっ……ラビさん、それ……『かゆい』です……」

　背中を這うラビの指の感覚に、朝陽が噴き出しながら抗議する。
　人一倍敏感な朝陽の反応に微笑みながら、ラビも一つだけ訂正する。

「朝陽、こういう時の日本語は『くすぐったい』って言うんだよ？」
「そう、なんですか？」

　背中を向けていたラビを振り返って尋ねる朝陽。その表情から察するに、ラビが言った言葉の意味はよく分かってなさそうだ。
　日本語の「かゆい」も「くすぐったい」も、朝陽の母国語ではどちらも「痒(ヤン)」と表現する。
　日本語における「痒」の読みは「かゆい」に違いないが、それでは「くすぐったい」という意味は伝わらない。
　同じ漢字を使っている国同士でありながら、言語の難しさを朝陽は改めて感じた。

「それで、オレが朝陽の背中に書いた文字は分かった？」
「え……えっと……。かゆ……くすぐったくて、よく分からなかった、です」

　背中に指で文字を書いて、相手にその文字を当てさせる遊びに興じていた二人。
　ラビが何と書いたのか見当もつかず、朝陽は眉根を下げた。

「あはは。正解は、オレが朝陽に一番伝えたい言葉だよ。ヒントは英語のアルファベット四文字」

　ロシア出身のラビと、中国出身の朝陽。一緒に暮らし始めてから、月日もだいぶ経つ。出会った時とは比べ物にならないほど、二人の仲も親密になっていた。それでも、お互いの母国語の読み書きまでは覚えていなかった。
　普段の会話では日本語を用いているが、こちらも自由に読み書きするのは難しい。特にラビは漢字を苦手としていた。
　自然、文字のやり取りは英語で行うことになる。

「英語の……四文字？」

　悩む朝陽の目の前で、ラビが無言のまま自身の手を差し出す。そして、その手の平に指でアルファベットを記していく。

「Ｌ……Ｏ……Ｖ……あっ」

　ラビの指の動きを追いながら、アルファベットを読み上げていく朝陽。先ほど自分の背中に書かれた文字を察して、パッと顔を赤らめた。
　何度もラビの口から聞かされた言葉を思い出して、気恥ずかしい思いに駆られたようだ。同時に、そんな大事な言葉をどうして当てられなかったのかとも思ってしまう。
　恥じ入る朝陽の頭を優しく撫でてやってから、今度はラビが朝陽に背を向ける。

「それじゃ、朝陽の番だよ。オレの背中に何か書いてみて？」

　同い年とは思えない、頼りがいのある大きな背中。ジッと見つめていると、思わずしがみ付きたくなってしまう。
　そんな気持ちを抑えて、朝陽の指先がラビの背中へと伸ばされる。ラビからもらった四文字に、朝陽なりの返事を記していく。

「……分かりますか、ラビさん？」

　書き終えた朝陽が、ラビに尋ねる。ゆっくりと振り返ったラビは、得意気に回答した。

「５２０１３１４……合ってるかな？」
「は、はい……正解、です」

　小さく拍手をして「さすがラビさん」と朝陽が感嘆する。
　そんな朝陽の頭に手を伸ばしながら、ラビも満足気に微笑む。

「ふふっ。確かに数字なら、お互いの国の言葉が分からなくても当てられるね」

　ロシア語のキリル文字が書けない朝陽と、中国語の漢字が読めないラビ。二人の間でも通じる数字を書いた朝陽の機転を、ラビが素直に褒める。
　そこに込められた想いがあることには、少しも気が付かず。

「よし、じゃあ次は朝陽が後ろを向いて。くすぐったくないようにするから、ちょっとガマンしてね？」

　朝陽がそうしたように、今度はラビが数字で問題を出そうとする。
　何の数字が良いだろうかと考えるラビに背を向けながら、朝陽は少しだけ頬を赤らめて微笑んでいた。
　先ほど記した数字が、中国でいかなる意味を持つのかを思い浮かべながら。

（５２０１３１４……『あなたを一生愛します』）

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