「黄金聖闘士」編
第三話 双児宮
少年たちは、三番目の双児宮へと辿り着いた。
「ここも金牛宮と同じく静まり返っている」
「ああ。だが、きっと
「分からない……。僕のチェーンが、二本とも戸惑いを感じているようなんだ。この中に敵がいるのかどうかも、この目の前のどちらの入り口が正解なのかも示してはくれない」
双児宮の奥へと進むために開けられた入口は左右に一つずつあった。されど、教皇の間へと続く道は一本のみ。あるいは片方の入り口は偽物かもしれないと、星矢たちは攻めあぐねていた。それぞれの入り口の脇に彫られた双子神ポルックスとカストルが、一行に無表情な眼差しを送ってくる。
「こうしていても仕方がないぜ。幸い、俺たちは四人いるんだ。二人ずつ分かれて入ろう」
「それが最善の手だろう。よし、氷河と瞬は左の入り口から進んでくれ。俺と星矢は右だ」
「二人とも、気を付けてね」
「だが、もう一方に構うことは無い。先に双児宮を抜けた組は、次の宮へと向かうんだ」
氷河の発言を冷酷だと思う者は一人もいない。彼らの真の目的は、一刻も早く十二宮を突破して教皇の間へと到着することなのだから。四人は意思を確かめ合うようにして顔を見合わせると、力強く頷いた後にそれぞれの入り口から双児宮の闇へと突き進んでいった。
中は想像以上に広く、外から明かりを取る造りになっておらず暗い。それでいて立ち並ぶ柱が行く手を遮って迷路を作り出し、余計に広さを感じてしまう。
「どうなっているんだ？ 暗闇に目が慣れてきたのは良いが、なんだか同じところをグルグルと回っているだぞ。まさか、このまま元の場所まで戻っちまうなんて事はないだろうな……」
不安を口にしながらも懸命に走り続ける星矢と並走しながら、紫龍は何事かを思案していた。目の見えない紫龍は、半ば星矢に手を取られる形で迷宮を走ってきたが、何かを感じ取って星矢の腕を逆に引っ張り出す。
「どうしたんだ、紫龍？ そっちにあるのは壁だぞ」
「いや、違う……。視覚を閉ざされたために研ぎ澄まされた俺の第六感……そう、直感が訴えかけてくるんだ。本当の双児宮の出口は、こっちだ！」
紫龍が一層強く星矢を引っ張る。目の前の壁に激突することを恐れた星矢の抗議には耳を貸さず、紫龍は全速力で突っ込んでいく。二人の体が硬い壁にぶつかる寸前、星矢は目をつぶる。しかし、覚悟した衝撃がいつまで経っても訪れないために目を開けると、そこは双児宮の外であった。
「どうなっているんだ？」
「この双児宮自体に仕掛けられた罠だったのか、それとも何者かによる妨害か。いずれにしろ俺たちは迷路の幻覚を見せられ、その幻の中を彷徨っていたようだな。目の前の光差す出口に気付くことなく」
「そうか、お前には視覚に作用する幻覚も通じないもんな。おかげで助かったぜ」
二人が着いたのは、入り口とは反対側。眼前には次の宮へ行くための上り階段がある。取り残された瞬と氷河を案ずる気持ちはあれど、先に誓い合った通り星矢と紫龍は脇目も振らずに次なる巨蟹宮を目指す。氷河たちを見捨てるのではない。必ず追いついてくれると信じているから進むのだ。
その氷河と瞬は、双児宮の中で更なる脅威に出くわしていた。辺りを支配する静寂の闇の中、光り輝くオブジェがある。それが人型を取り、氷河たちの行く手に立ちはだかったのだ。
「なるほど、今までは闇に溶け込んでいたジェミニの黄金聖闘士が、ようやくお出ましということか」
「でも、変だよ。僕のチェーンは目の前の敵には、まるで反応していない。アルデバランの時とも違って、確実に何かを警戒してはいるのだけれど……」
「そんなことは関係ないぜ、瞬よ。こうして敵の方から姿を現した以上、キグナス最大の拳で一気に片を付けてやる」
無謀で仕掛けることに躊躇いを見せる瞬を尻目に、氷河が一歩前へと進み出て
「ホーロドニースメルチ！」
しかし、その凍気は目の前にいる黄金聖闘士の
氷河が予想外の結果に目を凝らしていると、途端に全身を凍てつく冷気に切り裂かれて倒れ込んでしまった。
「氷河！ どうしたの!?」
氷河の放った凍気の輝きは、目の前のジェミニの聖衣を素通りしたように見えて、そうではなかった。ジェミニの聖衣そのものが異次元空間との出入り口と化し、別次元へと飲み込まれていった凍気の全てが空間を超越して氷河の肉体へと舞い戻ってきたのだ。いかにキグナスの聖衣が永久氷壁の中から誕生した逸物であろうとも、芯まで凍りつく冷気を四方から浴びては役には立たない。これまで自分が倒してきた敵は、こんな凛冽たる寒気を受けて死んでいったのかと氷河は悟った。
「氷河！ しっかりして、氷河ー！」
その必死の呼び掛けにも応じることが出来ない。氷河の意識は、とうに暗闇の底へと沈んでしまっていた。慌てて手首を取ると、まだ微かに命の脈動が感じられた。
「だが、キグナスの意識はしばらくは戻るまい。そして、次はお前だ」
ジェミニの聖闘士が口を開いた。そのマスクの奥は深淵の穴を思わせるようにして窺えない。冥界から轟くような不気味な声だけが、双児宮にこだまする。勝利を確信してか、ジェミニが瞬に近づいてくる。
「どうした、アンドロメダよ？ 私に攻撃してこないのか？ もっとも、お前の攻撃などキグナスの凍気同様に私の身には届かず、反対にお前自身の肉体を傷つけるだけだがな」
正体の掴めない相手に戸惑い、冷や汗を浮かべながらも、瞬は必死に勇気を奮い起こしてジェミニと相対する。心臓の鼓動を早めつつも冷静に対処しようとする。
「僕がここで倒れれば、氷河も死は免れられない。星矢と紫龍も今、同じような危機に陥っているかもしれない。そうなっては沙織お嬢さんを救える聖闘士は、誰もいなくなってしまう。だからこそ、僕は負ける訳にはいかない」
瞬のアンドロメダ聖衣の両腕に装着されたチェーン。それを用いて攻撃することも可能だが、瞬はあえてチェーンから手を離した。アンドロメダの鎖は、それ自体が防御本能を持っているのだ。敵の正体が掴めないのであれば、いっそチェーンの性能を信じることにした。
「甘いな、アンドロメダ。この私には、お前の浅知恵など通用せぬぞ」
瞬の取った防御策など、お構いなし。ジェミニは足取りを変えることなく接近を続ける。その迫り来る黄金聖闘士に対して、チェーンは怯えるだけで攻撃に移ろうとはしない。
「何だ……どうしたというんだ？ 僕のチェーンが、こんなに戸惑うなんて初めてだ。反応してくれ、チェーンよ。敵は目の前にいるんだぞ……敵は……」
「己のチェーンに見捨てられたか。では、次はこの世界から……アテナから見捨てられる番だな」
「違うのか……。目の前にいるのは……敵は、ここにはいないというのか？」
突拍子もない考えではあったが、チェーンの動作から察するに他の可能性は浮上しない。しかしながら、それを確かめる時間も瞬には残されてはいなかった。ジェミニが両腕を振り上げて、攻撃態勢へと入る。
「お願いだ、チェーンよ……僕を導いてくれ！」
「終りだ、アンドロメダ。キグナスもろとも、葬ってくれよう」
呼び声も虚しく、チェーンは最後まで動きを見せない。存在しないと仮定したはずの敵が、攻撃の小宇宙を伸ばしてきているにも拘らずだ。そのジェミニの小宇宙が、双児宮全体に広がり出した瞬間、氷河も瞬も壮大な小宇宙の内側へと飲み込まれていった。
「これぞ秘技・アナザーディメンション。お前たちの肉体は異次元空間を永遠に彷徨うのだ。元の世界と完全に隔絶された異次元に対しては、例えムウや老師ほどのサイコキネシスを持とうとも、例えアテナの加護あろうとも干渉することは不可能。正に神々のラビリンスと知れ」
次元の裂け目から亜空間へと吸い込まれた氷河と瞬は、ジェミニの言葉通りに別次元の海を放浪していた。気絶した氷河は元より、瞬までもが体の自由を奪われている。行けども行けども果ての見えない虚無の世界を、己の意思とは無関係に飛び続けている。
ここでは、一切の思考が無へと帰結する。元の世界における常識が通用しないからだ。四方から聞こえてくる音は網膜に刻まれ、匂いが鼻孔ではなく血管に突き刺さる。すれ違った物体は脳内へと勝手に収まり、味覚を手に取って確かめることの出来る世界。速度も進行方向も一定であるはずの時間までもが信頼できず、過去へと遡りながら未来へと加速していく時の流れに翻弄され、瞬の頭脳は混乱を極めた。
「私が思念を解かない限り、キグナスとアンドロメダは永遠に異次元から逃れることは出来ない。愚かしい
無表情なジェミニのマスクの奥から、勝利を噛み締める声が洩れ出す。だが思わぬ異変を見つけて、声から笑いが消える。
「これは……アンドロメダのチェーンか？」
現世に留まりたい一心から咄嗟に伸ばしたのであろう。瞬のチェーンの先端が、異次元の裂け目から僅かに覗いていた。瞬の肉体は、まだ完全には亜空間に飲み込まれてはいない。
「小癪な……だが、所詮は悪あがきよ」
かろうじて十二宮に留まっている、瞬にとっては文字通りの頼みの綱を引き千切らんとジェミニがチェーンに手を伸ばす。その指先から小宇宙が飛ばされる寸前、双児宮に異変が走った。ごく小さな割れ目に過ぎなかった異次元の出入り口が、途端に人一人が通れるほどに大きくなり、そこから瞬を吐き出すと一気に閉ざされて跡形も無くなった。急に現実へと戻された瞬は、まだ意識が朦朧とするのか頭を左右に振って、自分が助かったことにも気付いていない様子。舌だけは動くのか、うわ言を繰り返している。
「にい、さん……兄さん……」
消え入りそうな瞬の声など、ジェミニにはどうでもいい。問題は、いかにして瞬がアナザーディメンションを破ったかだ。
「有り得るはずがない……。一度入り込んだ者が、あの空間から逃れることなど。あるとすれば……有り得るとすれば……そうだ、先ほど味わった感覚……あの脳内に直接働きかけてくる感覚は、小宇宙でもサイコキネシスでもなく……まるで、幻魔……」
ジェミニの聖闘士は、要領を掴んだとばかりに意識を広げ出す。まず問題とすべきは、足元に転がっている瞬ではない。己の脳波を遮断してきた信号を頼りに、遠隔視でもって逆探知を試みる。間も無くジェミニの脳内に、ある場所の景色が浮かび上がった。
「ここは……カノン島か？ とすれば地中海……
島の中央に位置する活火山からの噴煙を透かして、火口付近を覗き込む。確かに、何者かの存在を確認できる。まだ若い……いや、星矢たち青銅聖闘士と変わらないくらいの少年だ。顔立ちに見覚えは無いが、その身に纏った聖衣の形状から正体を推し量る。
「あの聖衣は……フェニックス！ とすれば、奴が
その一輝が、遠隔視越しにジェミニを睨みつけてきた。その瞬間に悟った。ジェミニの脳波に干渉してアナザーディメンションを中断させたのは、間違いなくフェニックス一輝であると。
「互いを呼び合う魂の叫びこそ、俺たちの絆なのだ。貴様ごときに断つことは出来ん」
一輝の声が、直接ジェミニの頭脳へと響く。一輝は卓越した闘争心と小宇宙もさることながら、相手の脳神経にダメージを与える技を最も得意としていた。それにしても、まさか地中海から十二宮へと思念を飛ばしてこようとは。いや、それ以前にあの男が生きていようとは。
「フェニックス……奴は、確か日本においてペガサス達に敗れて生き埋めとなったはず。それとも地底の闇を潜り抜けて、ここまで現れたというのか？ ええい、どちらにせよ邪魔立ては許さん！」
ジェミニもまた、一輝と同様に他人の脳に刺激を与えることが出来るのか。近くの島に待機していた聖闘士たちに、たちまち一輝追討の命令を発した。テレパシーの類か、ジェミニからの通信を受け取った者たちは、疑問を差し挟む事も無くカノン島へと急行した。
「これでフェニックスも、こちらに集中は出来まい。待たせたな、アンドロメダよ……」
その瞬が、いつの間にか意識を回復して立ち上がっていた。両手には、しかとチェーンを握りしめている。瞳にうっすらと涙が浮かんでいるように見えるのは、目の前の黄金聖闘士を恐れるためか、それとも最愛の兄による援護に感激したためか。
「兄さんが……生きていてくれた。やっぱり僕の兄さんは、正義のために戦う男らしい人だったんだ。僕も戦う……今度こそ、一人でも戦えるくらいに強くなった僕自身を見てもらうためにも……ジェミニ、貴方を倒す」
「世迷言をほざくな。異次元へと放り込まれれば、兄の助け無しにお前が生還できる術はないのだぞ」
ジェミニが再び小宇宙を拡散させる。それについて、アンドロメダのチェーンは一向に反応を見せない。それでも瞬の頭は冷静だ。
「やっぱり、そうだ。氷河があらゆる方向から一斉に凍気を浴びたように、敵の小宇宙は既に僕の周囲全体に広まっている。だからチェーンは戸惑い続けていたんだ。恐らくは双児宮に入った時から、僕たちはずっと敵が張り詰めた小宇宙の中でもがいていたんだ。無邪気な子供の手の上で弄ばれる虫のように、敵は遥か高みから僕たちを眺めていたに過ぎない。やはり、この双児宮には始めからジェミニの聖闘士などいなかった。全ては、まやかしだ」
「まやかしかどうか、その身で確かめるがいい……アナザーディメンション！」
四方八方から纏わりついてくる小宇宙は、確かに現実のものだ。真なる敵は、ジェミニの聖衣を通して攻撃を仕掛けてきている。実に恐るべき相手であるが、瞬は既に対抗策を打っている。片方のチェーンを巧みに回転させて自分の周囲に鉄壁な防御結界を張り巡らせることで、異次元への誘いを跳ね除けている。
「このローリングディフェンスを打ち破ることは、例え黄金聖闘士であろうと容易ではないはず。そして貴方の小宇宙による浸食を待つことなく、僕は攻撃に転じる。敵が何光年の彼方に隠れていようとも、必ず見つけ出して仕留める……このサンダーウェーブでね！」
瞬の持つ、もう一方の鎖が唸りを上げてジェミニの聖衣へと向かっていく。その先端がマスクの中央を捉えると、そのまま異次元空間を突きぬけて何処かへと消えていった。
ここは、聖域内のとある場所。遥かなる異次元を旅してきたサンダーウェーブが、亜空間の出口から飛び出してくる。電流を帯びたチェーンの先端は、過たず標的の頭部を捉えている。予期せぬ事態に、その人物はサンダーウェーブをかわすこと能わず直撃を受ける。
「まさか……青銅聖闘士づれが、余の……」
一万ボルトの衝撃によって、真っ二つに割れた黄金の兜が床へと落ちる。その時に生じた音が辺り一面に響き渡ると、それが合図であったかのように法衣を纏った人物は頭を抱えてうずくまってしまった。
「おのれ、アンドロメダ……若輩者と甘く見過ぎたか。いや、やはり双児宮が無人の宮ゆえに奴らを易々と通り過ぎさせないよう、この場からジェミニの聖衣を操ったことが甘かったようだ。いいだろう……ならば、その先に控えし黄金聖闘士たちには一片の油断も躊躇いも抱かぬよう、念を押すのみ。この教皇の名においてな」
双児宮の迷宮は消えた。今、瞬の目の前にあるは次の宮へと続く出口。そして、その前に置かれたジェミニの聖衣のみだ。念動力によって人型を取り、あたかも聖闘士がそこに存在するかのように見せていた黄金聖衣は、元のオブジェ形態となって静まり返っている。そのマスクの部分から、瞬はチェーンを引き戻す。
「一体、何者の仕業だったんだろう？ とにかく、異次元の罠は消えた。氷河の姿は見えないけれど、きっと十二宮のどこかに辿り着いたと信じているよ。だって、富士の風穴で消えた一輝兄さんも帰ってきてくれたのだから」
敵地のただなかに身を置きつつも、瞬の胸の奥には温かな安心感が根付いていた。今に後ろから一輝が追いついてくるはずだと。それを思えば、例え一人残されようと心強かった。先を走る星矢と紫龍の小宇宙にも、すぐに追いつけるような気がした。
地中海に浮かぶ小さな島に、教皇の刺客が現れる。目的は、星矢たちに与するフェニックス一輝の成敗。
「貴様が暗黒聖闘士を使嗾して聖域に反逆を企てたというフェニックスだな？ 大人しくデスクィーン島に留まっていれば、もう少し長生き出来たものを。勅命に従い、その首を貰い受けるぞ」
鳳凰星座もまた青銅である以上、本来ならば白銀聖闘士は格上の相手。まして、周囲を囲まれた今の状況では一輝は圧倒的に不利。そんな状況の中で、一輝は静かに笑った。
「何がおかしい？ 恐怖のあまりに、ふれでもしたか？」
「何がおかしいかだと？ 貴様たちの汚れた面以外にあるまい。何なら、そこの火口に突き落として、少しは見れる顔にしてやってもいいんだぞ」
見え透いた挑発ではあるが、格下の若造にコケにされては白銀の威厳に関わる。手下に合図を送り、一斉に襲い掛かって一輝を始末しようとする。
「大口もそこまでだ。掛かれ！」
ところが、雑兵たちは何の動きも見せない。不審に思った白銀聖闘士が一同の顔を見渡すと、それぞれが突っ立ったまま白目を剥いていた。ある者は恐怖に怯え、ある者は恍惚の表情で、いずれも口から泡を吐くと膝から崩れていった。
「馬鹿な！ き、貴様、何をしたのだ!?」
「鳳凰幻魔拳……こいつらの脳神経は、俺の拳でまとめてズタズタに引き裂いてやったわ」
その言葉の通り五人もの雑兵たちは全員、少しの手傷も負ってはいない。なのに戦闘続行が不可能なのは、一目瞭然だ。白銀聖闘士の実力をもってしても、一輝がいつ拳を放ったのか見極めることが出来なかった。雑兵とはいえ、訓練を積んだ聖闘士の端くれを一網打尽にしてしまえる一輝の力量に、唾を飲み込む音が聞こえてくる。
「だが……だが、このヘラクレス星座のアルゲティまでも倒せると思ったら大間違いだぞ。この白銀聖衣に、貴様の幻魔拳とやらが通じるか」
「フッ、弱い犬ほど吠えるとはよく言ったものよ。俺にとっては、白銀も雑兵も変わらぬ。そんなに聖衣が自慢なら……」
薄ら笑いを浮かべながら一歩踏み込んでくる一輝を前にして、アルゲティは思わず後ずさる。この時点で、両者の戦いの気迫が生み出す小宇宙には絶対的な差が生じていた。勝負は決まった。
「フェニックス最大の拳でもって、聖衣ごと消滅させてくれるわ！ 鳳翼天翔ーッ！」
一輝の右手から発せられた掌圧が、灼熱の烈風と化してアルゲティの体全体へと畳み掛ける。一瞬にしてヘラクレスの聖衣は燃えカスとなり、アルゲティ自身も大空の彼方へと吹き飛ばされていった。
格上の白銀聖闘士を軽々と葬ったことをまるで誇ることなく、一輝は聖域の方角を見つめる。そこが自分の次なる戦場であると信じて、不死鳥は翼を広げて海を越える。
「そうだ。俺はあの時、富士の地底で死をも覚悟した。だが今もこうして生きながらえている以上、天は俺の死を許してはおらん。兄弟に……アテナにさえも拳を向けた俺の罪を。それを償うには、弟たちと共に邪悪を討ち滅ぼす戦いに身を投じるしかないのだ」
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