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「冥王ハーデス 冥界」編
第十一話 ～ 第二十話
第十一話 『第四獄 貪欲の獄』
次にカノンを待ち受けるは真なる第四獄。地悪星トロルのイワンが鞭もて亡者を急かす。
ここでは大岩を押し続ける罰が科せられ、亡者たちは自身が生前にかいた欲のために喘ぎ続ける。
カノンもその亡者の一員かと見定めて、地角星ゴーレムのロックが新たな岩を降らせてくる。
ロックが生み出す岩石は、相手が抱く欲望の大きさによって重量が決まる。嗚於、かつてカノンが抱いた邪心の大きさよ。天を埋め尽くさんばかりの大岩に、さしものロックも打ち震える。
「これほどの貪欲は見たこともない。過たずプレオネクシアの化身よ！」
過去の過ち、全て滅すべし。カノンより放たれし小宇宙の渦は大岩を跳ね返し、ロックもイワンも下敷きにして彼らの墓標とする。
また一つカノンの罪は贖われた。その実感が、次第に重くなる肉体とは裏腹に小宇宙に作用し活力を漲らせる。さあ、行けカノンよ。その背に負いし全ての罪を償うために。
第十二話 『第五獄 憤怒の獄』
幾つもの荒野を越えて幾つもの河を渡って幾つもの獄を抜けて、カノンの前に現れる新たなる河。
黒き泥沼は憤怒の大河。対岸への道のりは地獄へと続く一本の茨道。それを踏み外せば、たちまち落ちるは炎の海。
慄いて立ち往生するなどカノンには許されぬ。茨の二河白道を突き進み、中腹にて待ち受けていた冥闘士を倒して行く。
天罪星リュカオンのフレギアス、今のカノンの敵でなし。水面に潜みし他の冥闘士どもも同じく次々と屠られていく。
ハーデスに仕えたことこそ彼らの罪。猛る炎の中でそれを知りながら黒き魂は一つ一つ消えてゆく。
渡河を終えたカノンの目には既に次なる地獄が見えていた。数多の魔物が棲む砦、ディーテの市の聳ゆる様が。
第十三話 『ディーテの門』
カノンが辿り着いた巨大な門。地獄門とは異なり固く閉ざされ、堅固な城壁ともども厚い守りを築いている。
聖闘士の侵攻に逸早く気付いた地壮星フーリエが、復讐の女神の名の通りに襲い掛かるも敢え無く敗れる。
門扉も蹴散らしカノンはディーテの市へと突き進む。腐臭漂う家々を渡り歩き、目に付いた冥闘士を葬り去っていく
冥衣の修復に勤しむ地孤星ドヴェルグがいなければ、冥闘士たちは二度と忌まわしき黒曜石の衣を身に付けられまい。
不死の薬酒ネクタールを醸造する地蔵星アンブロシアを倒してしまえば、ラダマンティスとて二度と生き返れまい。
市内に黒々とした木を見つければ、その下によく熟れた果実が落ちていることにも気付く。
これなるは琴座のオルフェを冥界へと縛り付けた柘榴に他あるまい。その実を踏みつぶしてカノンはディーテを後にする。
振り返ってみれば、そこに残されたのは冥闘士たちの死屍累々。地獄の鬼とはカノンよ、お前のことではなかったのか。
自らを呪う言葉に貸す耳持たず、カノンはひたすら地獄の奥地を目指して進む。
これより語られるは青銅聖闘士たちの物語。地上ハーデス城において彼らを打ち倒した冥闘士との再戦が綴られる。
第十四話 『第六獄 異教の獄』
ディーテ市街の一角にハーデス以外の神を信奉する者たちの棺が並ぶ。即ちアテナの聖闘士の内、聖戦に参加しなかった者たちが葬られていた。
棺が並ぶ廟の番を任されたのは地巧星タロースのガラテア。これを苦も無く葬ったのは若き白鳥キグナス氷河。
廟の中へと足を踏み入れれば、目に映るのは亡き母の顔。嗚呼、苦悶で歪む表情は遺していった息子に何を訴えているのであろうか。
暗く冷たい水に飲まれて母ナターシャは溺れ藻掻きながら泣き叫ぶ。何が母をこれほどまでに苦しめるのか。先を急がねばならぬ身とて氷河の足は進まぬ。
母を亡くしたのは故郷シベリアの海の底。嗚呼、これはまるで母の最期の再現か。どうにか救い出せぬものかと氷河も思案の海に沈み込む。
「分からぬか、愚かな青銅聖闘士よ。お前の母が何に苦しみ何に泣いているのかを」
声を掛けられ振り向けば、冥闘士が一人氷河の傍に立っていた。
「私は地囚星アスカラポス。お前の母は、彼女を忘れられないでいるお前の念によってここに縛られているのだ。さあ、よく聞くがよい。お前を呪う母の言葉を」
改めて耳を澄ませてみれば、嗚於、氷河の耳にも聞こえる懐かしき母の声。お前が生まれてこなければ私は死なずに済んだと責め立てる嘆きの声が。
それは真にナターシャの想いであろうか。それとも冥闘士が見せた幻影に過ぎぬのか。氷河には全てが分かっていた。己の耳を呪う声は、己の心から出ているものだと。
母を死なせた負い目こそ氷河が常に背負ってきた十字架に他ならぬ。しかし、これまでに交わした多くの出会いと別れから氷河の十字架は最早一つに非ず。
母を失った当時よりも遥かに強くなった心に支えられ、キグナスの小宇宙は冥界中に轟くほど盛んになっている。そのことに気が付きもせず、愚かな冥闘士は背後から氷河に迫る。
「母親を想うのであれば、その命をすぐさま捧げるべきだ。白鳥らしく歌いながら死ぬがいい。母の名でも歌いながらな」
驕れる冥闘士の末路など呆気ないもの。ただ見れば何の苦も無き白鳥の足に暇無きその如く、水面下で蓄積されていた氷河の絶対零度の小宇宙が解き放たれると同時に冥闘士は廟ごと四散していった。
幾多の十字架を背負い、その重さに耐えるだけの強さを身に付けた氷河。最愛の母ナターシャとの決別に踏み切り地獄の底へと羽ばたいていく。
第十五話 『第七獄 一の谷』
異様な悪臭に満ち満ちたる谷間。血の河で靴底を濡らしながら走るはドラゴン紫龍。
先刻倒した冥闘士は、同じくドラゴンの名を冠した地強星レッドドラゴン。だが真に恐るべき番人は今正に紫龍と相対せしこの男。
「お前は確かハーデス城にいた天殺星ミノタウロスのゴードンか」
「よく憶えていたな。その男に二度までも敗れること光栄と思って死ぬがいい」
血に飢えた剛腕は空を切り裂いて、烈火の勢いでもって紫龍の足下の地面を割る。その裂け目は底が見えず、紫龍を飲み込まんと大口を開けている。
「いや、それでも……あの男の剣よりは遥かに劣る」
紫龍には覚えがあった。かつて聖域にその人ありと謳われた、もう一人の師とでも呼ぶべき黄金聖闘士の小宇宙を感じていた。
「そうだ……この世において、エクスカリバーに勝る切れ味など……我が友、カプリコーンのシュラ以上の男がいるなど俺が認めん！」
「だが、その闘士も最早おるまい。俺の拳を超える者など地上にはおらんのだ」
「俺がいる！ シュラから想いを託された俺になら……俺がやらなくては！」
嗚於、見よ輝ける紫龍の拳を。これぞ女神に捧げし忠義の証、今ここに偉大なるカプリコーンの拳が再現される。
「シュラ……貴方の魂を俺の右腕に！ 今こそ蘇れ……無敵の剣よ！」
それを阻止せんとゴードンも拳を振り上げる。先程の威力が紫龍にぶつかれば、少年の身など容易く消し飛んでしまう。そうはいかないと紫龍の右手が迎え撃つ。
「グランドアクスクラッシャー！」
「エクスカリバー！」
両者から放たれる強烈なる旋風。打ち勝ったのは未だ飛翔を続ける若き龍。ゴードンは己の敗北が信じられぬまま真っ二つとなって虚空へと散っていった。
紫龍に勝利を齎したシュラも、この地獄のどこかで責め苦に遭っているのであろうか。出来ることなら助け出したい。それが叶わぬのであれば、せめて祈っていてほしい。その小宇宙を受け継いだ男の勝利を。
第十六話 『第七獄 二の谷』
カノンのアナザーディメンションによってルネの魔手から逃れた瞬。その身は遠く第七獄は二の谷まで飛ばされていた。
不完全な八識のせいか冥界の掟によるものか、はたまたハーデスの横槍のためなのか、瞬は予期せぬ場所へと落ちていた。
ここを通り抜けるのであれば用心せねば。尖った樹木の枝が瞬の身を襲い、毒素で以って命を奪おうと狙っている。
二本の鎖を巧みに操り瞬は己が身を守護しながら木陰に潜む敵の気配を捉えていた。攻撃のために瞬が鎖を繰り出す。敵の声が聞こえてきたのは全く別の方角からだった。
「我が身はこの森全体に溶け込んでおる。この天立星ドリュアスの正確な位置も探れぬとは、アンドロメダのチェーンも噂ほどではないな」
「いや、僕のチェーンは既に貴方の身体を捕らえている」
あらぬ方向を目指していた鎖が大きく旋回して冥闘士を貫いた。邪悪を漏らさず仕留めるアンドロメダの鎖に死角は無く、ブーメランショットの一撃で冥闘士は眠りに就いた。
この森を覆う黒き波動は衰えず、次いで瞬の前に現れたるは地急星のドゥルジ・ナス。死肉をついばむ蠅を森中に放っては亡者を苦しめる悪しき冥闘士。
暗黒の術ブライアルフォートによって敵を地中深くへと引きずり込むのを得意とする。完全に埋まり切った肉体は生者であっても忽ち亡者と化して、その場所から木が生えて森の一部に変わり果てる。
だが、それも瞬の前ではまるで無力。アンドロメダの鎖は今度もまた難無く敵を退ける。
一刻も早く森を抜けねばと足を速める瞬の前にまたしても立ちはだかる新手。その顔には瞬も覚えがある。ハーデス城で一戦交えた地平星アルラウネのクィーンの登場だ。
第十七話 『YOURS EVER』
「貴方の小宇宙には先程からチェーンが反応していた。貴方がここの獄を守る冥闘士か」
「いいや、ここは本来であればバレンタインの獄。ラダマンティス様の命によって離れたバレンタインの代わりに私が赴いてきた訳だ」
「どちらにせよ貴方を倒さなくては先を進めないというのであれば、僕も容赦はしない。このアンドロメダのチェーンに懸けて貴方を倒す」
「我々も聖闘士には負けられない。特にお前の肉体だけは何としても手に入れねばならぬ。ハーデス城の時と同様に跪くがよい」
一度は己を負かした相手。されども此度は瞬の方に勝機あり。ハーデス城においてクィーンの技は見切ったも同然とチェーンを構える。
クィーンの敗因はそれだけに非ず。瞬の肉体を無傷で捕縛しようと手を緩めたために敢え無く敗れることとなった。
「流石はあの御方の肉体として生まれた男よ。一切の穢れ無き魂を宿した肉体こそが、我らが主ハーデス様の憑代となる。アンドロメダよ、お前が地上に生まれたことは言わばホトトギスがウグイスの巣に卵を産んで温めさせるのと同じ」
これまでアテナと地上のために如何なる犠牲も厭わず傷付けてきた自己の身が、何と冥王ハーデスの憑代だったとは。
驚き二の足を踏む瞬の小宇宙にクィーンが命と引き換えに残した呪いが掛かる。
「別都頓宜寿」と唱える呪詛を受け、哀れ瞬の肉体は杜鵑草の一枝花に姿を変えられてしまう。
毒の森にひっそりと咲く小さな杜鵑草。その花言葉は――永遠に貴方のもの――。
第十八話 『第七獄 三の谷』
火の雨が降り注ぐ広大な砂漠で一人、氷河は息を巻いて冥闘士と格闘していた。
砂の底に沈みゆくは地短星デッドリービートルのスタンド。それを下そうとも安息は訪れず、続いて天捷星バジリスクのシルフィードとも戦いを繰り広げる。
シルフィードの両翼は暴風を生み出して、氷河を地獄門まで吹き飛ばさんとする。はためくキグナスの翼が風を逆走して舞い戻り、空中から反撃の猛吹雪を仕掛ける。
恐るべきはシルフィードの実力か。氷河が生み出した冷気をも全て跳ね返してしまう。しかし氷河も屈しはしない。咄嗟に自らを氷の棺へと閉じ込めて跳ね返された吹雪を防御する。
棺の中からテレポーテイションで抜け出して、シルフィードの虚を突いて繰り出すは絶対零度の光速拳。両腕を凍傷に掛けられてはさしものシルフィードも成す術が無い。
攻守ともに塞がれてシルフィードには氷河の技を防ぐ手立て無し。天に伸ばした両手を合わせて最大の大技オーロラエクスキューションを見舞えば敵も火の雨も全てが氷結して砕け散る。
百八の冥闘士の中でも武名を誇ったラダマンティス直参も地獄を潜り抜けてきた青銅聖闘士たちには及ばず。今や地獄の大半は勢力を失った。それでもハーデス軍の鉄壁は尚も聖闘士の進軍を阻むのであった。
第十九話 『第八獄 マルボルジェ』
血の大瀑布の滝壷を越えた先、煮えたぎるタールの沼地が広がる十の壕。総勢十一名の冥闘士を従えた天暗星マレブランケのマラコーダが守護する獄。
マルボルジェの奥地まで進んだカノンの前に、部下の仇を討たんとマラコーダが待ち受ける。身体の前面に無数の棘を生やしてカノンを挑発するも、カノンは光速の動きによって敵の背後へ回る。
それも敵の策略の内だった。マラコーダは背にも隙が無く、ビッグファートで聖衣ごとカノンを溶解しようと仕掛けてくる。
この程度で敗れるカノンであれば、ここまで到達することなど出来るはずもない。カノンは再びマラコーダの前面に回り込むと、全力の小宇宙を燃やして敵を吹き飛ばす。
マルボルジェを抜ければ、ここにまで凍てつく冷気が及んでいる。地獄の中でも最も奥底に当たる深淵、コキュートスの冷気が聖衣を隔ててカノンに伝わる。
その入り口を固める天寿星ステュクスを下して、いよいよカノンの足が地獄の最下層へと踏み込んだ。
第二十話 『第九獄 コキュートス』
見渡す限りの氷山はこれまで見てきた中でも絶望を思い知らされる。コキュートスに氷漬けにされているのは、過去の聖戦においてハーデスに刃向った聖闘士の成れの果て。
更には神話の時代、ギガントマキアーで敗北した巨人どもが封印されているのも目に映る。
ニムロドは意味の無い言葉をひたすら喚き続け、自らが発した言葉を理解できずに憤り続ける。
両目の潰れたエフィアルテスは何度も足を取られながら暗闇の中を手探りで彷徨い続け、ありもしない出口があると信じて彷徨する。
ブリアレオスは罰から逃れようと、百の目を交替で眠らせながら他の罪人を監視しては密告をする。
それらを横目にカノンはコキュートスの中心を目指す。四つの圏に守られし中央部分、そこが敵の本拠たるジュデッカであった。
カノンが過ぎ去った後の氷原に頭を僅かに覗かせて埋もれる少年の姿。アケローンから流されてきた星矢が沈められていた。
微かに意識を保っているのは完全なる八識のためか、その手に握ったアテナの聖衣の加護なのか。
氷漬けになりながら星矢は己の半生を思い返していた。聖闘士となった兄弟の中で唯一天才ではなかった星矢。本来は聖闘士として命を賭すだけの才能など無い。
それを自覚しながら今日まで戦ってこれた理由は何なのか。全ては仲間の魂に報いんがため。此度も同じく進軍を続ける仲間の小宇宙に打たれ、星矢は氷の中から脱出せんと奮っていた。
そこへ降り立つ邪悪な小宇宙。天哭星ハーピーのバレンタインが星矢の始末にやってきた。
「ハーデス城でお前を仕留め損なったこと、それはラダマンティス様に対する無礼も同義。例えラダマンティス様がお赦しになろうとも私の忠誠心が赦さぬのだ」
氷から覗いた首を刈り取れば、それで星矢の命も終わり。そう思って近付いたところで気付く、温かな命の小宇宙。これは死に掛けの星矢一人に発せられるものではあるまいと、星矢の身を氷の中から引きずり出して確かめる。
「成程、これが神話に聞くアテナの聖衣という奴か。ハーデス城で見せた小宇宙の昂りも、コキュートスの中で生きていられたのも全てはこれを持っていたためか」
星矢が沙織に届けるため必死に守り抜いてきたアテナの聖衣。それを奪おうと伸ばされるバレンタインの魔手。途端に発揮される灼熱の小宇宙は、聖衣ではなく星矢の肉体から湧き上がっていた。
アテナの聖衣を奪われては冥界まで赴いてきた一切が徒労に帰す。己一人の命であれば容易く投げ出していたかもしれない。星矢の小さな体に託されたのは地上の人々全ての平和。多くの友や兄弟が星矢に委ねた想いをどうして踏み躙れよう。
支えてくれる仲間が多ければ多い程、その声が大きければ大きい程、星矢の力は限界を超越してインフィニット無限大にまで飛翔する。その身を凍えさせるコキュートスの呪縛も熱く滾る小宇宙が全て溶かしてくれていた。
「おのれ抵抗するかペガサス。ならばハーデス城の時と同様に我が拳によって屠ってくれる」
死者に鞭打つハーピーの秘技。現世にしがみ付こうとする亡者の欲望に応じて高まる一撃も、今の星矢には通用しない。
正義の楯が防いでくれたのか、アテナの血で蘇った聖衣の加護なのか。それ以上に星矢自身の小宇宙がバレンタインを上回っていた。
とうとう常にセブンセンシズに目覚めることが出来た星矢の流星拳。その全てを浴びて倒れ伏せるバレンタインは、自身の敗北をラダマンティスに詫びながら崩れ落ちていった。
復帰したばかりであっても星矢の肉体は盛んに燃える小宇宙によって漲っている。右手にアテナの聖衣を握り締め、主が向かったであろう地獄の中枢ジュデッカを目指す。
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