SOME DAYS LATER
〜そして
「シャイナに感謝するのだな。お前の命、しばらく預けておこう」
自分に愛を告げてくれた人との別れに水を差され、その余りに身勝手な言い分に
「待てよ、アイオリア……。何故だ？ どうして拳を止めなかった？ なんでシャイナさんを巻き込み、傷付けた!? 女の人をいたぶるのが、
決して敵わぬ相手であるのは、百も承知。それでも星矢は、溢れ出す無念の思いを止められなかった。せめて一矢報いなければ、あの世でシャイナに合わせる顔が無い。自分より遥かに実力が上の黄金聖闘士へ、星矢は猛然と突進する。その鋭いパンチが、アイオリアの頬に直撃した。
その一撃も、アイオリアを怯ませることは叶わずに終わった。逆に星矢の方が、右腕の筋を痛めてしまった。だからといって、アイオリアが人の悲しみを理解できない冷血漢であるとは断言できない。その気になれば余裕でかわす事の出来た星矢の拳を甘んじて受けたのが、何よりの証拠だ。
シャイナを巻き込んでしまった落ち度を認め、その事について言い訳をするつもりは毫も無い。星矢の恨みの一撃を受けたのも、黄金聖闘士ならではの惻隠だ。
「いいのか、星矢？ 今ここでやり合えば、お前は確実に死ぬ。シャイナの行動を、シャイナに救われた命を無駄にしないためにも互いに退くべきだ」
冷静に諭されて、星矢も冷や水を浴びせられる。己の怒りに身を任せ、前後の見境なく行動を起こし、それで死んでしまっては返ってシャイナに申し訳が立たない。そのことを刺客であるアイオリアに教えられた。
星矢が大人しくなるのを見届けると、アイオリアは倒れるシャイナに近づいて右手をかざす。今度は攻撃の意図など、まるで無い。卓越した慈悲の境地が為せる癒しの光だ。その光に当てられて、シャイナの背中に付いた醜い傷跡がみるみる内に塞がっていく。意識こそ取り戻していないものの、もう命に別状が無いことは明白だ。
「任務中に同志が負傷した。これを助けるために一時退く事を、教皇猊下もお咎めにはなるまい。後日、私が再びお前の前に現れるまでに、お前も傷を癒しておくのだな」
顕となったシャイナの顔から視線を逸らしつつ、その芳紀の顔に仮面を被せてやる。それを終えるとアイオリアは横たわるシャイナの体を、両腕でしっかりと抱きかかえる。去りつつあるアイオリアの背中に、星矢が慌てて声を掛ける。
「アイオリア！ シャイナさんは……俺を庇ったからって、シャイナさんまで同罪にはならないよな？」
「安心しろ。シャイナの行動は、決して他言しない。このアイオリア、アテナに誓おう」
「だけど、
「それこそ無用の心配だ。教皇職とは、十二人の黄金聖闘士の中から選出（コンクラーベ）される、言わば聖闘士の長。アテナが降臨されるまで、あるいは成人されるまでの間、アテナの地上代行者としての鍵を託される身。それゆえ、私利私欲を持たず広い仁徳を備えた者が望まれる。現教皇シオン猊下に限って、愚にも付かぬ過ちは犯すまい」
その教皇となる資格を有した、仁徳あふれる黄金聖闘士は断言する。けれども星矢には、一抹の不安があった。確かにアイオリアは聖闘士の最上位である黄金聖闘士ではあるが、星矢たちには聖闘士を統べるアテナが付いている。それゆえに教皇が悪ではないと断じることが出来ないでいた。
「お前たちが反旗を翻した聖域という相手は、それほどに偉大な存在なのだ。出来ることなら悔い改め、
聖域。人智を超えた聖闘士たちが集う聖なる領域。人類史における数多の事件を片付けてきた、地上最強の軍団。それに逆らい続けて、生き残る術はないとアイオリアは言う。それは、星矢もひしひしと感じていた。
聖域。女神アテナを信奉する敬虔な人々によって支えられてきた、古の神界。そこで広められていた教えによれば、黄泉や地獄などの死後の苦しみは全て幻想である。ただただ現世において人が過ちを犯さず、心清らかに暮らしていけるよう言い伝えられているに過ぎない。アテナは言う。神は生前の罪を理由に、死後も魂に責苦を与えたりはしないと。死は、誰しもに永遠の安楽を約束すると。
「アイオリア……あんたまでもが、聖域に潜む悪に騙されて悪事に手を染めているとしたら……そんな悪は、アテナだって赦してはくれないとしたら……。俺はやっぱり、聖域に挑む事は止められない。俺の命を狙いに来ても、なお俺に道を示してくれる誇り高き
シャイナを連れてアイオリアが去った後、星が瞬く虚空に向かって星矢は誓いを立てた。アイオリアとの決着を終えた後は、巨大な敵である聖域本陣へ乗り込んでやろうと。他の誰もない、自分たちが信じるアテナに。美しさと気高さとを兼ね備えた、城戸沙織に誓った。
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